2006年1月26日木曜日
有意義だった会議
殆ど寝ていないが仕方ない。まあどーせ今日は上司もいるから眠くなることはないので心配なし。適度な緊張で望めるといいなぁー、と思いつつ
シャワーを浴びる。今日ぐらいはピシッとしなきゃということで服装もある程度フォーマルで望んだ(スーツではないけど)。いつもは農業従事者みたいな格好しかしとらんからな(笑)。
10時待ち合わせだったが念のため30分前に着くとやはり2人ともすでに着いていた。思ったとおりだ、やはり彼らは日本の上司だ。でも誤算だったのは学長までがこの時間にすでに着いていたことだった。援助のためかなんだか知らんがとりあえず時間をしっかり守ってくれたことは本当に有難かった。これで一番大事な時間だけは厳守できた。会議が始まる前に学長室でお互いの自己紹介をして話をした。雰囲気はすこぶる良い。このシェラで行っている算数プロジェクトの話などをしていたが学長自身が数学博士ということもありかなり興味を示していたようだ。初めの「入り」は合格のようだ。
さて、午前中の会議は主に工学部と新学科のプロジェクトについてだった。もちろんこれは学長の狙いなのだろう。どれも機材が必要で援助してもらおうという魂胆が丸見えである。まあここがうちの上司のすごいところだ。話が始まる前の時点で「今回はみんなの広い意見を聞きにきた。そして学んで帰り次に繋げたい。」と。つまり今回の話が直接援助やボランティアの派遣に直結することはない、と言い切ってくれた。
昼食も学長といっしょだった。これも驚きだ。オレだと10分といっしょに会ってくれないというのに(笑)。でもこれだけ上司の重要さを認識してくれたことはなかなか有り難い。シェラ一番を争う喫茶店にも連れて行ってくれたりして上司も大喜びだった。
さて、午後の会合だがなんと20数名の人が集まった。ここまでしっかり企画してくれるとはちょっと大学側を見直した。まずはオレの仕事評価として同僚とオレが
プレゼンを行う。ここでオレはしっかりと大学の欠点、可能性について包み隠さず話した。ここで自分の実績だけを表に出したところで何の意味もない。何がダメだったか?これを話してこそ次の向上につながる。これに関しては自分の過ちも含めてはっきりと言わせてもらった。
そして終わった後の上司の言葉が印象的だった。冒頭に「彼の話は大学にとって非常に苦いものだったかもしれない」あ、言いすぎちゃったかな?。。。。彼は続けて「しかしこれをポジティブに捕らえお互い協力して発展していかなければならない…etc」とフォローしてくれた。お、助かった。本当に彼はわかっている。
全部終わった後グループコーディネーターのほうに今日はどうだったか?と聞いたら「何もないところから良くここまで来たね」、と言われた。素直に喜んでいいのかわからなかった。第一オレの仕事は必ずしも成功とは言えないかもしれないからだ。せっかく大学と繋げた他組織もオレが帰ったら途端急にコネクションを絶ってしまう可能性だった十分にあるからだ。でも夕食のとき上司も「感動した」「今回の会議をみれば、キミが2年間しっかり頑張ってきたことが手に取るようにわかる」と同様の賛辞を頂いた。
褒められるのはもちろん悪くない、というか嬉しいに決まっている。しかしその影にあったいろいろな失敗やだらしなかった部分がある。なんかそれが正当化されてしまっているかのようで素直に喜ぶことが出来なかった自分がいた。つい前日だってせっかく経済学部長が朝食に招待してくれたというのにそれをすっぽかしたのはオレだ。会議の用意だってなんと今週から始めたに限りなく近い。
まあ言い出せばキリがない。大事なことはおごらずもう一度原点に帰ってこれまでの仕事を自己評価して総括することだと思う。これは絶対に必要なことだろう。でもとりあえずは疲れたので今日は寝かせて(笑)。

これが終了寸前の写真。いろいろあったけどとりあえずうまくいったことがよかったよ♪
2006年1月28日金曜日
パソコン修理のため首都へ
日帰りの旅?
早朝上司の車で首都へ行った。メチャクチャありがたいことに今日はあの危険なバスに乗らずにすむ♪嬉しいことだ。車では昨日の会議の話も含めてなかなか盛り上がった。やはり彼は新規開拓に非常に熱心だ。法律のほうにもどうやら手を出したいみたいだが恐らくそっちは危ないので止めたほうがいいだろう。内戦のことに触れるとグアテマラでは暗殺者が出ると有名だからね。あとは内政干渉と言われてしまうことも多い。まあ、あえてそれに挑戦するってのが国際協力ってモノなのかもしれないけど。
もう1つ面白かったのは日本で話題のライブドア事件の話。彼はK代議士が絶対事件に関わっていると断言して怒っていた。まあオレもそれは考えられないこともないと思うけどあの終わってしまった政治家のために地検が動くかねぇ…まあ元警察官僚だからありえるのかもしれないけど。オレは彼も含めてももっと大きな力が働いたと思っている。どちらにせよ日本にとっては非常によくないやり方だったことには変わりない。これを民主主義と言うなら独裁や共産主義となんら変わらん。
さて、首都についたら速攻工場へ赴いた。そうたったの9日間で再び故障が発生したパソコンのことである。とりあえずは経緯をカウンターの人に説明する。しかし彼はことの重大さを全く認識していないようで、また嘘をついていた。本当に困るのは彼が嘘をつくことだ。前回もBeosに問題があったのに「
ウイルスが入った」などと抜かしていた。今回も同じだった。「ちょっとパソコンの中を掃除したら直りました」などと。
だからオレもついに切れてしまい「技術者を出してください、そうしないとオレもここを離れません」、15分ほど経つとついに1人の技術者代表が来た。そして彼にしっかりと故障の状況を説明してもらいその場で待つこと1時間彼はしっかり治してくれた。結局2時間近くここに滞在したけど肝心の故障原因がBeosでありこのグアテマラに交換方法がないということになるといつまた壊れるかわからないということだ…。ふー、困った。
いろいろムカツクこともあったけどとりあえずパソコンは復活。結局11時間以上車やバスの中にいた計算になるが帰ってくることはできた。夜8時に着いたあと8時10分にはすでに例の
レストランに
楽器を持って参上。いつものバンドSombrero Negroとライブ
コンサートを弾いてきた。正直この瞬間が一番楽しくリラックスできる。メンバーのみんなは本当に親切でフレンドリー。キューバ音楽とか恐らく日本で弾く機会はそうないだろう。貴重な体験を無駄にしないようにしたい。もちろん
就職活動等抜かりなくやらなきゃならんけどね(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 01:06|
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