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2006年04月04日

全然更新してなくてゴメン!

 日本帰ったら仕事探しであっという間に時が過ぎていく。
グアテマラ人だと思ってたけど本当にすぐに日本人に戻ってしまった。
しいと言えば宇都宮から東京の電車、2時間ってのが短く感じるようになったぐらいか…。

 とりあえず来年のことが決まるまで頑張ってみます。細々としか更新出来ないかもしれませんがどうかたまに顔を出してください。
posted by mi corazon como el pacifico at 19:18| Comment(32) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

帰国しました。

できれば皆さんの連絡先を知りたいのでメールか何かで携帯番号、メアド等を教えていただけると嬉しいです。長い間更新できなくてごめんなさい。
posted by mi corazon como el pacifico at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

2006年2月1日水曜日〜4日土曜日(短いですが)

 2006年2月1日水曜日
  難しい
 とある女性支援をしているNGOがある。去年から目をつけていたのだが日程が合わずなかなか顔を出せなかった。そこに今日は行ってきた。みんな元気そうだったしちょうど講習会をやっているところだった。オレが正面に出てきていろいろ話し始めたんだけど、まあ関係ないことばかり言ってました。日本はどこにあるのか?オレはどのくらいグアテマラにいるのか?等々。
 しかし今日のメインの話は大使館の草の根無償援助を使えないか?だった。この無償援助はもちろんうちらの税金、つまりODAと言われるヤツだ。コイツを使うのは俺ホントは嫌いです。なぜかって、やっぱり失敗が非常に多いからだ。このグアテマラにもたくさんある。せっかく作った井戸。しかしそれを引くための電力を村人が均等に払わなかったためもう使っていない、とか…50%以下と言われている、実際にしっかりと使われている寄贈物は。困ったものだ。
 そんなこともあり現在はそのハードルが非常に厳しくなった。いいことだと思う。大使館は本当に地域の状況を理解せずにノルマを達成するためにどーでもいいところに援助をしていた。やっぱりこれはいい話ではない。だから彼女達のグループも正直難しいだろう。うまく条件が合う、またはJICA、大使館と直結するようなコネクションでもない限り。オレはもう帰ってしまうのでその役割を担うことは出来ない。

 2006年2月2日木曜日
  もう一度勉強する
 スペイン語の勉強を始めることにした。今まで文法のことを考えず適当に話してきた人間はやはり試験向きではない。ということでしっかり先生について最後の復習をすることにした。もう殆ど時間はないけどしょうがない。今まで何もしないでサボってきた自分が悪いのだ。何もしないで帰るよりはよっぽどマシだ。

 2006年2月3日金曜日
  隣県からの来客
 オレのいるケツァルテナンゴ(シェラ)県の隣りにあるサンマルコスから多くの友人たちが来た。オレのライブコンサートを聞きにきてくれたのだ。気に入ってくれただろうか?俺自身この日いろいろ忙しかったため皆さんのお世話が全然できんかった。まあ仕方ないことだよな。あとちょっとで彼らともお別れか…寂しくなるな。日本に帰って友人に会えるのは嬉しいけど、あのハードワークはやっぱりあまりやりたいとは思えない。もちろんここに来なかったらもっとモチベーションの低い状態で修論に取り組まなきゃならなくなっただろうから、その状況よりはマシだったのだろうけど。

 2006年2月4日土曜日
  ゆっくりした
 1日中日本に帰ってからのことをずっとやっていた。
片付けちゃんと終わるかな…。これを無理やりでも終わらせないと後で大変なことになりそうだ。でもうまく時間が取れない。それ以外に優先したいことがあるんだ。はー、困ったなぁ。


ruinas.JPG

さて、今日の写真はイシムチェ遺跡です。カクチケル族が住んでいたこの地域。カクチケル語は残っていますがダイブ文化壊されてしまいました。24カ国語がまだ残っている、というだけでも十分凄いことですが。日本はもう殆ど日本語しかないと言っていい状態だもんね。
posted by mi corazon como el pacifico at 15:02| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

2006年1月29日土曜日〜31日月曜日(1月も最後)

2006年1月29日土曜日
  結婚式で演奏
 Sombrero Negroの助っ人ってことで結婚式の演奏を担当することになった。これもオレにとっては初めての経験ですね。そして会場はシェラで1番高いホテル(一泊200ドルでございます)ボニファス。いくらで結婚式ができるのか?って聞いたら1500~2000ドルと話していた。「だったらオレは楽器買ってジミ婚する」って言ったら、みんなも「いや、オレらもそうするよ♪」と返された(笑)。
 それにしてもオレの演奏で新郎新婦が踊っているのを見るとなんとも言えん。一生に1回の大事な儀式でこのへたれチェリストなんかが弾いてしまっていいんですか??そのわりにオレは間違えることを恐れずGlissandoかけまくりの嫌らしい品のない演奏を披露。コイツ本当にタチが悪いな。そしてなぜか拍手の嵐、、、、なんだこりゃ。
 それにしてもウチのリーダーは本当にイベント慣れしている。半分結婚式の司会をしているみたいだった。やっぱいろんな舞台で演奏しているからコメントなんかも機転がきくんだろーな。それから面白かったのはブーケを新婦が投げるとき取り合いになって転倒している人がいたこと。オレが腹を抱えて大笑いしていたらそれを見たメンバーのみんなはもっと笑っていた。そんな本気になって奪い合わんでもいいのに(笑)。
 そいつが終わった後は友人のパソコンを修理。なんかオレは本当に何でも屋さんみたいになってきたな。本職はここでは大学の先生でございます。でも自分のパソコンは治せないのに人のパソコンは治せるというのはまたなんとも悲しいことだ…まあ症状が症状なだけに仕方ないっすね。

 2006年1月30日日曜日
  休日
 完全にお休みすることにした。家でぼーっとするってのもいいもんだ。直ったパソコンでみなさんメールをしたりなんだりしていた。来月はお客さんが最低1人多くて2人来る可能性がある。それに備えておかなきゃならんからな。やることは山ほどある。のクセに1日を無碍に過ごしてしまうこともある。デカイ人間になりたいならこういった時間も有効に使わなきゃダメなんだろうな…。もっと精進します。

 2006年1月31日月曜日
  後始末
 こいつをしっかりしておかないとな。飛ぶ鳥あとをなんだら…って言うし。これからの1ヶ月はこれと就職活動にすべて比重がかかることになる。
 そんなわけで今日はまず来週ある地方振興庁と会議アポを取ってきた。先週の大会議のおかげで工学部の連中とコンタクトを取ることができ、うむ完璧だ。これでお互いの機材を共有し合いながら仕事を進めることができそうだ。なんと言っても彼らはもとから仲良しだしやっぱメンデス氏の人格ですな。これがある限りこの仕事は続いてくれるはずだ。弱点といえば彼があまりにも忙しすぎることだ。
 もう1つはこの1ヶ月ずーっと待っているドキュメントのための資料。そして今回もまだ完成していなかった…くそう。やっぱりグアテマラ人に頼んだのが間違いだったのかもしれん。しかしこれだけは出来てもらわんと本当に困るのだ。来週かフルに活用させてもらうので♪
posted by mi corazon como el pacifico at 01:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

2006年1月26日木曜日〜27日金曜日(長いので2日分だけ)

2006年1月26日木曜日
  有意義だった会議
 殆ど寝ていないが仕方ない。まあどーせ今日は上司もいるから眠くなることはないので心配なし。適度な緊張で望めるといいなぁー、と思いつつシャワーを浴びる。今日ぐらいはピシッとしなきゃということで服装もある程度フォーマルで望んだ(スーツではないけど)。いつもは農業従事者みたいな格好しかしとらんからな(笑)。
 10時待ち合わせだったが念のため30分前に着くとやはり2人ともすでに着いていた。思ったとおりだ、やはり彼らは日本の上司だ。でも誤算だったのは学長までがこの時間にすでに着いていたことだった。援助のためかなんだか知らんがとりあえず時間をしっかり守ってくれたことは本当に有難かった。これで一番大事な時間だけは厳守できた。会議が始まる前に学長室でお互いの自己紹介をして話をした。雰囲気はすこぶる良い。このシェラで行っている算数プロジェクトの話などをしていたが学長自身が数学博士ということもありかなり興味を示していたようだ。初めの「入り」は合格のようだ。
 さて、午前中の会議は主に工学部と新学科のプロジェクトについてだった。もちろんこれは学長の狙いなのだろう。どれも機材が必要で援助してもらおうという魂胆が丸見えである。まあここがうちの上司のすごいところだ。話が始まる前の時点で「今回はみんなの広い意見を聞きにきた。そして学んで帰り次に繋げたい。」と。つまり今回の話が直接援助やボランティアの派遣に直結することはない、と言い切ってくれた。
 昼食も学長といっしょだった。これも驚きだ。オレだと10分といっしょに会ってくれないというのに(笑)。でもこれだけ上司の重要さを認識してくれたことはなかなか有り難い。シェラ一番を争う喫茶店にも連れて行ってくれたりして上司も大喜びだった。
さて、午後の会合だがなんと20数名の人が集まった。ここまでしっかり企画してくれるとはちょっと大学側を見直した。まずはオレの仕事評価として同僚とオレがプレゼンを行う。ここでオレはしっかりと大学の欠点、可能性について包み隠さず話した。ここで自分の実績だけを表に出したところで何の意味もない。何がダメだったか?これを話してこそ次の向上につながる。これに関しては自分の過ちも含めてはっきりと言わせてもらった。
そして終わった後の上司の言葉が印象的だった。冒頭に「彼の話は大学にとって非常に苦いものだったかもしれない」あ、言いすぎちゃったかな?。。。。彼は続けて「しかしこれをポジティブに捕らえお互い協力して発展していかなければならない…etc」とフォローしてくれた。お、助かった。本当に彼はわかっている。
 全部終わった後グループコーディネーターのほうに今日はどうだったか?と聞いたら「何もないところから良くここまで来たね」、と言われた。素直に喜んでいいのかわからなかった。第一オレの仕事は必ずしも成功とは言えないかもしれないからだ。せっかく大学と繋げた他組織もオレが帰ったら途端急にコネクションを絶ってしまう可能性だった十分にあるからだ。でも夕食のとき上司も「感動した」「今回の会議をみれば、キミが2年間しっかり頑張ってきたことが手に取るようにわかる」と同様の賛辞を頂いた。
 褒められるのはもちろん悪くない、というか嬉しいに決まっている。しかしその影にあったいろいろな失敗やだらしなかった部分がある。なんかそれが正当化されてしまっているかのようで素直に喜ぶことが出来なかった自分がいた。つい前日だってせっかく経済学部長が朝食に招待してくれたというのにそれをすっぽかしたのはオレだ。会議の用意だってなんと今週から始めたに限りなく近い。
 まあ言い出せばキリがない。大事なことはおごらずもう一度原点に帰ってこれまでの仕事を自己評価して総括することだと思う。これは絶対に必要なことだろう。でもとりあえずは疲れたので今日は寝かせて(笑)。

reunion cunoc.JPG
これが終了寸前の写真。いろいろあったけどとりあえずうまくいったことがよかったよ♪


2006年1月28日金曜日
  パソコン修理のため首都へ日帰りの旅?
 早朝上司の車で首都へ行った。メチャクチャありがたいことに今日はあの危険なバスに乗らずにすむ♪嬉しいことだ。車では昨日の会議の話も含めてなかなか盛り上がった。やはり彼は新規開拓に非常に熱心だ。法律のほうにもどうやら手を出したいみたいだが恐らくそっちは危ないので止めたほうがいいだろう。内戦のことに触れるとグアテマラでは暗殺者が出ると有名だからね。あとは内政干渉と言われてしまうことも多い。まあ、あえてそれに挑戦するってのが国際協力ってモノなのかもしれないけど。
 もう1つ面白かったのは日本で話題のライブドア事件の話。彼はK代議士が絶対事件に関わっていると断言して怒っていた。まあオレもそれは考えられないこともないと思うけどあの終わってしまった政治家のために地検が動くかねぇ…まあ元警察官僚だからありえるのかもしれないけど。オレは彼も含めてももっと大きな力が働いたと思っている。どちらにせよ日本にとっては非常によくないやり方だったことには変わりない。これを民主主義と言うなら独裁や共産主義となんら変わらん。
 さて、首都についたら速攻工場へ赴いた。そうたったの9日間で再び故障が発生したパソコンのことである。とりあえずは経緯をカウンターの人に説明する。しかし彼はことの重大さを全く認識していないようで、また嘘をついていた。本当に困るのは彼が嘘をつくことだ。前回もBeosに問題があったのに「ウイルスが入った」などと抜かしていた。今回も同じだった。「ちょっとパソコンの中を掃除したら直りました」などと。
 だからオレもついに切れてしまい「技術者を出してください、そうしないとオレもここを離れません」、15分ほど経つとついに1人の技術者代表が来た。そして彼にしっかりと故障の状況を説明してもらいその場で待つこと1時間彼はしっかり治してくれた。結局2時間近くここに滞在したけど肝心の故障原因がBeosでありこのグアテマラに交換方法がないということになるといつまた壊れるかわからないということだ…。ふー、困った。
 いろいろムカツクこともあったけどとりあえずパソコンは復活。結局11時間以上車やバスの中にいた計算になるが帰ってくることはできた。夜8時に着いたあと8時10分にはすでに例のレストランに楽器を持って参上。いつものバンドSombrero Negroとライブコンサートを弾いてきた。正直この瞬間が一番楽しくリラックスできる。メンバーのみんなは本当に親切でフレンドリー。キューバ音楽とか恐らく日本で弾く機会はそうないだろう。貴重な体験を無駄にしないようにしたい。もちろん就職活動等抜かりなくやらなきゃならんけどね(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月31日

2度目の故障

またパソコンが故障しました。Beosのスペアはグアテマラに存在しないようです。
ソニーじゃなくてIBMとか選んでおけば済んだのかもしれませんが後のカーニバルだ。

kumo.JPG

今日の写真はうちから撮った写真。雲が2つの山の間を横一線になってるの見えますか?
朝見たら偶然こんな雲を見てしまったので思わずシャッターを押してしまいました♪
山の近くから出ているのは雲ではなく裏にある火山が噴火物です。表に見えるのがサンタマリア、見えないけど裏でいつも櫻島みたいに噴火しているのがサンティアギートって火山です。サンタマリアは世界ランク12位に入る噴火危険度の高い火山です。全然嬉しくないランキングですけど…(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 06:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年1月23日月曜日〜25日水曜日(仕事の話ばっかです)

 2006年1月23日月曜日
  オレは営業か…
 と思うぐらい今日は動き回った。今週上司が来るということでその会議の打ち合わせだった。全学科を呼ぶということもあり規模としては過去最大級。しかし先週が新学科設立の開会式があったためにこちらのほうは全く手が付けられなかった。本当はオレが手伝わないで大学だけでやらせるのがセオリーなのかもしれない。
 しかし大学側、特に他学科の教授陣が自分の存在、日本の組織の存在すら知らないとなると話は違う。国際協力とはビジネスなのだ。だから宣伝だってしなきゃいけない。独立法人化した今こういった広報活動はとても重要なものになってくるだろう。だから一番下のポジションにいるオレも例外なくやらなきゃね♪ということで営業みたいに今日は大学内を駆け回りました。そして明日も同じことをすることになるでしょう。

 2006年1月24日火曜日
  発見とアクシデント
 昨日いろいろな学科と話をしたり学長と話をしているとオレが今まで知らなかった大学のプロジェクトが判明した。水質分析、排水処理の、地震対策…そして同時に1年9ヶ月いるオレの存在を知らないでいる人がいたのも驚きだった。やはり広報活動不足というものだろう。やっぱりこういったことは必要なんだなぁ…と今更ながらに思ってしまった。
 とは言ったもののやはり疲れる。学長1人と話すのになんと2時間待ったりとか…。時間に遅れられたりとか。。。もちろんいつものことなんだけどね。
 そしてアクシデント発生。なんと木曜日に発表するはずだった資料、出来上がったのを同僚に見せようとしたら…また電源がつかない。やられた…グアテマラの工場なんて信用するんじゃなかった。前回と全く同じ症状ということはオレは治すことができないということだ。治癒不可能なパソコンを前にオレもお手上げ。とりあえず明日地元で一番腕が立つと言われている修理屋に行ってみるけど期待はしていない。
 同僚は同情してくれ、パソコンを貸すと言ってきた。おう、もちろん明日治らなければかしていただく以外に方法がないです。マジ有難う御座います。やっぱり持つべきものは友だというわけか。来た当初は大変だったけどオレは本当に仕事仲間には恵まれたように思う。

2006年1月25日水曜日
  大失態、そしてパソコン治癒せず…
 朝起きたらなんと8時半。約束は8時だった。。。くそー!!!オレは一体何やってんだ…。そう、今日は経済学部長との会合があったのだ。まさに大失態。急いで現地に向かう。もう言い訳のしようがない。オレの責任以外のナニモノでもないのだ。そしてせっかく会議のためにいろいろ準備をしてきた彼に非常に申し訳が立たない。もちろんこれがもし日本国内だったらオレは始末書ものでしょう。
 現地に着くと彼は待っていた。グアテマラ人だから怒りもせず笑顔で迎えてくれた。でもオレ自身は正直すまない気持ちでイッパイだった。はー、こんな馬鹿者を相手に笑顔で出迎えてくれると…グアテマラは恐ろしい国だ。
 遅れたけど話のほうはしっかり進めることが出来た。これで最低でも木曜日の会議の弾みを着きそうな気がする。彼は非常にいいビジョンを持っている。人間としても出来る人だと思っている。今回の件で信用を失うようなことがあったらそれは1000%オレの責任ということになる。明日が建設的な話し合いになることを祈っている。
 すっごく忙しい調整業務をこなした後は上司との会合が夜にあった。今日は12時間以上労働となってしまったがやっぱ新しく来た上司はすげー。オレが明日に向けて言いたいこと殆どを話す前から理解している。そして意見が本当にオレと同じに近い。この上司がもし1年半前に来ていたらオレの仕事は100%違うものとなっていただろう。
それから職業訓練校のグループコーディネーターの方も来ていていっしょに話に加わってくれた。どうやらウチらの話が面白かったみたいで明日の会議に興味を持ってくれた。「明日こっち来てくださいよ♪」って上司が彼に話していたのがちょっと面白かった。どうやら彼らは仲が良いらしい。オレも帰り際に誘っておいた。やっぱり来てくれる人は多いにこしたことがない。こういった年配で多くの経験を日本で積んでいる彼らにオレの仕事を評価してもらえるのは非常に貴重だ。もしオレの今までの仕事が100%誤りだったとしてもそれも願ったりだ。それよりここで失敗したことを気付かずにもう一度日本で同じことをするより悲しいことはない。
 そして…パソコンは見事に治らなかった。よって今日はこれから徹夜で資料を仕上げます。パワーポイントのことを考えてもなかなかすぐに終わりそうにはない。長い夜になりそうだが好きな音楽と共に必死でやり遂げます。さて、みょーにちは1年9ヶ月の総決算。どーなっちまうかな。個人的には失敗も成功もビジョンも含めて大学関係者と上司の前ではっきり言わせてもらう予定。それがこの大学のためにもなるしJICAのためにもなる。
posted by mi corazon como el pacifico at 05:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

時間がないので…

今日は本当に一言です。写真も載せなくてゴメンなさい。また3日後更新します。
posted by mi corazon como el pacifico at 04:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年1月19日木曜日〜22日日曜日(週末の短め日記)

2006年1月19日木曜日
  いちおう成功したみたい
 昨夜の練習で体が筋肉痛だ。まあ普段使わないような筋肉を使うわけだから当然のことなのだろうけど…。今日も夕方6時から最後のリハ、そしてご飯を食べたあと9時に会場であるクラブに到着。今回のショーはケツァルテッカーなるグアテマラ貧困層支援をしている外国人主体のボランティアが主催したパーティーでうちらも無料で踊る。その代わりサルサの先生のほうは自由に宣伝をしていい契約を取り付けていた。まあ、オレとしてはグアテマラのためになることをしている団体のために働くなら「アリ」と思ったのですぐ引き受けたのですが(オレの実力を知らずに頼むヤツは後悔してしらんぞ…笑)。あとはサルサの先生2人は親友なので彼女達のお手伝いをしてあげたかったということもある。
さて、2日しか練習していないが本当に大丈夫だろうか?とは思ったけど意外と音楽の通りに踊るのは簡単だ。何箇所か分岐点があるからそれまではフリーに踊ることができる。オレの場合はフリーの場面でも振り付けを4つ決めただけであとは自由に音楽を感じるまま踊らしてもらった。とりあえず間違いなく終わることができたけど…うーん、拍手も大きかったが果たして本当のところはどうだったのだろうか?シロウトにはうまく見えたかもしれんがプロからみたら笑っちゃうようなデキなんだろうなぁ…。
 終わった後は重圧から開放されたってことでそのまま踊り続けた。もちろんサルサ以外のものもお構いナシに踊ってました。12時には明日のことがあるので帰ってきたけどなかなか疲れた。ショーに出たのは生涯初めてだったけど意外と楽しかった。そして緊張も少なかった。これは失敗してもオレは失うものがナイってのが大きいとは思うが、適度な緊張で望むことが出来たように思う。楽器を弾くほうがよっぽど緊張するなぁ…ってのが残った印象でした。

2006年1月20日金曜日
  変な筋肉痛
 ショーのおかげでちょっと筋肉痛。しかも非常に部分的なのが笑える。今日は新学科設立の用意等があったが手伝わなかった。これは自分達でやるのがベストだろう。オレがいろいろ入っていってやることはマイナスになるような気がする。とりあえず上司が来たときに見せるコンピューター室等は調べておく必要はあると思うが。
 夜はもう定番となったラテンバンド、Sombrero Negroで今日も弾いた。コードと歌詞が書いてある楽譜を全部コピーしたので今回は殆どの曲に混ざることができた。スケール以外にもコードがわかるとなかなか即興がやりやすくなる。ラテン調の弾き方をなんとなくマスターできたかな♪
メンバーであるロレーナの友人たちが来ていたので彼女が最後にアンコールで1曲歌い非常に盛り上がった。やっぱこれほど音楽を楽しそうに奏でるバンドは今まで見たことがない。いや、とても面白い。

2006年1月21日土曜日
  歓迎会
 新しく来た日本人の歓迎会をやった。
これから大変だろうケド頑張ってほしい。正直プロジェクトってのはプラスとマイナスがある。活動が縛られるという短所がある一方やはり成果がでる、その経験は将来必ず役に立つはず。オレは1人で働いて非常に勉強になったけどやっぱりプロジェクトってのも将来1回は経験してみたい。正直大変だろう。海外で日本人同士と組んで現地人と働くというのは非常にストレスのいる仕事だ。日本で働くのも大変だろうケドそれとはまた違った難しさがあるように思う。社会人経験がない人が言うセリフじゃありませんが(笑)。

 2006年1月22日日曜日
  チェ・ゲバラ
 今日この歌が気に入って何度も聞いてしまった。ウチのバンドで弾いたからなんだけどさ。本当の題名はAsi Siempre Comandante Che Guevaraです。まあゲバラをたたえている歌なんだけど非常にカッコイイ。 実はゲバラ、カストロはキューバ革命の前に潜んでいた国がこのグアテマラ。ということもありこの国で彼はかなり人気があります。大学にもたくさん彼の挿絵がありちょっと写真撮ってきてもいいかも。やっぱり貧乏の味方ってイメージが強い。
 さて、今日も仕事を残してしまった。上司に見せる書類を日本語訳しなければ。あとは木曜日のプレゼンの用意をせねばな。とても重要だ。ある意味大学では最後の仕事といってもいいかもしれん。やるぞー!!!
posted by mi corazon como el pacifico at 04:19| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

ちょっと疲れた

午前午後と仕事して夜に踊るのはちょっと疲れた。
まあ、もうこんなこともないだろうから。でも楽しかったな♪♪

では今日の写真

malimba.JPG

グアテマラの伝統楽器、マリンバ。
こいつだけは普通の小中学校でも教えていることがあり弾ける人が多い。
そしてだいたいのグアテマラミュージシャンはこの楽器をかなり自由に弾きこなすことができる。

posted by mi corazon como el pacifico at 02:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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