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2005年03月19日

たまった日記を大放出の第二弾(2月6日〜12日まで)

2月6日日曜日
  引き続き、怠惰な男だった日曜日
メキシコで学んだことをまとめていた。これから貴重な経験として用いていくことになるでしょう。あー、久しぶりの休日、ありがたや〜。
明日の用意に手間取っている。早く終わらせて寝よ。

2月7日月曜日
 エバンヘリコたち
初めてのことかもしれん。配属先からお願いされて何かの仕事をすることは。果樹学のエクトル氏から有機農法のプレゼント実習をやってほしいと頼まれもちろん引き受けた。その対象となったのはキチェ県のノルウェーのエバンヘリコ、つまり福音主義(とあるキリスト教で中米、特にグアテマラでは田舎に信仰者が多い。内戦とも深く関わっているという話)系だと思われるNGOがあり、それが資金提供をし、エクトルやオレがボランティアで講義をするという内容である。
プレゼンを行う会場に着いてみると農業技術者が20人ほど。オレも最近本当に緊張しなくなってきたなぁ…。やっぱり慣れは本当にすごい。今だったらどこででも発表とかできそうな気がするし。ところで発表のほうは密度が濃いモノだった。質問も多くでたし、なんてったって明日には実習が待っているのでそれを利用した講義ができたことが大きかった。
驚いたことは技術者全員がエバンヘリコ(キリスト教福音主義)だったこと。プレゼンが終わったり、昼食前にはみんな大声でお祈りをする。今まで教会の外から聞こえる罵声のような祈りはきこえていたが間近で見たのは今回が初めて。ちょっとビックリしてしまったが、彼らが叫んでいる間、一応同じキリスト教なので違う流派のお祈りをしていました。イスラムのお祈りも初めに見たときはビックリしたけどすぐに慣れた。これも何れは慣れるものなのだろう。
ノルウェー人のBirgerというおじいさん。このNGOの監視役なのだろう。とてもいいおじいさんといった感じですぐに打ち解けて仲良くなった。しかし彼なんと8ヶ国語を話せるようで驚いた。ノルウェー海軍出身であること、南米生活20年近いらしく納得。それにしても物好きな人だな。こんなところに30年も住むとは。オレはアンタの代わりにノルウェーで老後を過ごしたいっす(笑)。

2月8日火曜日
 実技に入りました
今日もキチェ県のエバンヘリコ農業技術者軍団への技術講習。昨日説明したことの実技を行った。場所はエクトルがモモの栽培をしている畑。彼は自分の資材を擲ってくれた。感謝しなければならんな。
大変だったのは2箇所を1回で教えなければならなかったこと。とくに有機肥料作りは湿度加減が非常に重要。見逃すとベチャベチャになって発酵が起こらない。走りに走ってマジで疲れたのだがとりあえずはうまくいった。
そのあとはエクトルが果樹学に関する実習を行っていた。剪定や接木などの実技はオレも全く知らないことだったので思わず聞き入ってしまった。2日目で慣れてきたのだみんなもどんどんフレンドリーになってきて話も弾んだ。それにしても疲れた一日だったなぁ…。

2月9日水曜日
 今日はほぼ仕事ナシ
引き続き彼らとのお仕事だったのだが、今日は肥料の切り返しのみがオレの仕事だったため聞くのがメイン。でも切り返しはしてみたもののまだ発酵が始まっていなかったのでちょっと残念。まあ1週間前に作っておいたほうが十分発酵していたのでそれを見せて納得はしてもらえたのでよかったんだけどね。
午前中に終わったので午後はウチの大学の会議に参加した。内容は前にも話したけど外務省の文化無償援助が大学に入ったということで、そのお礼も兼ねて日本大使館が文化紹介を大学で行うことが決定したのだ。よってその用意にオレが呼ばれたということである。しかし…今日は誰一人として来なかったため、中止となってしまった。やっぱグアテマラ(笑)。

2月10日木曜日
 ちょっとした誤算
引き続きキチェ県の技術者への講習会。今日は日本流炭焼きの実演を行った。場所は1回講習会を行ってもう機材が揃っているシェラの原住民支援NGOであるCEDEPEMの圃場。材料はエクトルが剪定で切り落としたモモの枝。これは彼にとってもいい商売になるんじゃないかな?と思って切り出してみたところすぐにいい反応を示していっしょにやることになった。
というわけで始めたのだけれど条件が最悪だった。まず風が強かった。そして風除けがなかったため炭窯がモロに影響を受けてしまった。次に時間がなかったこともあり口焚きの時間が1時間しかとれず正直いって微妙な感じ…。かなり不安だったけどとりあえず方法だけは見せることができたのでよかった。
さて…夜に見回りということでもう一度圃場に集合することにした。ウチに迎えに来てくれたのはエクトルの息子、その名もやっぱりエクトル。グアテマラでよくあるのは自分の名前をそのまま息子につけるというパターン。彼の場合も例外なくそれ。そしてわかりニクイのでやめてほしい。まーどーでもいいんだけどさ。ただ2世とか3世とかせめてつけたら理解もしやすいよーな…。
話を戻して圃場についてみるとやっぱり火が消えていた。原因はわかっていた。要するに口焚きの時間が足りなかっただけ。残念だけど得られたものは大きかった。やっぱり時間を短くして横着すれば絶対成功はしないということ。なんか格言のようだけれども炭焼きもその例外ではなかったということだ。

2月11日金曜日
 シェラで頑張っていたNGO
講習会の最終日。今日はオレも完全にお客さんとなった。講師はECAOというシェラで有機農法を普及しているという唯一無二のNGOである。オレもこいつの存在は前から認識していた。しかし情報によればもう有機農法は止めてしまったと聞いていた。どうやらそれはウソだったようだ。やっぱグアテマラ人は信用できん。なぜ「わからない」と言えないのだろう。ちょっと残念だな…教育がそういうシステムだからだろうか?文化だろうか?これが改善されないとグアテマラの将来もないような気がする。本当に初歩的なことだけど大切だと思う。
ところで、彼らが有機農法を実践している農家をいくつか見せてくれた。それはそれで勉強になったのだが、面白かったのはマーケットのほう。なんとこの野菜を彼らは通信販売の要領で売りさばいていた。もちろん日本のよーにインターネット販売ではないけれどラジオを使って宣伝をしたりして100%有機農法を最大活用していた。正直なところオレはこのやり方がグアテマラで通用するとは思ってもいなかった。しかし現実うまくいっているところをみるととても参考になる点が多い。そういった意味でも今日は先生ではなく一人の生徒として学ばせてもらった。それにしても健康野菜の需要が少ないはずのこのグアテマラでどんな層の人がこの野菜を買うのだろうか…。

2月12日土曜日
 休日はゆっくりと
この1週間フルで働いたので今日はゆっくりと過ごした。新聞読んで、日本の記事も読んで、友達にメールして…。ホームページの更新をしていないオレ。忙しいのはわかっているけど早くやらなければ。
posted by mi corazon como el pacifico at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一気にごめんなさい(笑)

 こんなに多くも日記をなんで取っておいたんだ〜!!!と言いたくなると思いますが許してください♪

 月曜日または火曜日まで更新はありません。休日を利用して隣の県にある世界一キレイな湖でカヌーをこいできます。楽しみだなぁー☆
posted by mi corazon como el pacifico at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月18日

たまった日記を大放出の第一弾(2月1日〜5日まで)

2月1日火曜日
 お仕事開始

朝8時からお馴染みのオレの任地であるケツァルテナンゴの原住民支援をしているNGO、CEDEPEMとミーティング。もちろんしっかり集まったのは8時半ごろだったかな??でもここには国連ボランティアもいる、そしてドナーであるヨーロッパのNGOからもコーディネーター(平たく言えば監視役でしょうか?笑?)が来ているので普通のクソNGOよりはよっぽど機能しているように思う。
今日はよりによって、その国連ボランティア2人とプロジェクトについて話し合った。今まではかなり研究とはいえない活動をしてきたけどこの計画に限ってはちょっと凝ったものになりそうだ。もちろん彼らの配属先であるCedepemがお金を出してくれるかにかかっているのですが…(笑)。
午後は大学でミーティングがあるはずだった。しかし待ち合わせの時間に結局来ない。経済学部のフリオ氏はきてくれたのだがそれ以外は30分経っても来なかった。はー…こんなんで大丈夫なのかな。というのも2月の21日から3日間、日本大使館が来て日本文化紹介をすることになったのだ。その理由は外務省の文化無償援助が出て視聴覚機材一式、合計4500万円のテレビ、ビデオ、プロジェクター、その他の映像機材が入ったのだ。信じられないのはその後始末。図書室に行ってみた。そしたらなんとビデオとテレビがあるというのに全く使っていない。なぜか聞いてみると「ヘッドホンがない。これがないと図書館でビデオを見ようとしてもうるさくて勉強にならなくなってしまう」。おい!!!そんなものが買えないだけでテレビ、ビデオ11台と図書館の奥に閉まっておくのか??本当に呆れてモノも言えなかった。
日本ではODAに対する風当たりは冷たい。「税金の無駄」ずっと叫ばれていることだ。そしてどんどん削られている。しかし一向にこういった状況が打開できていないとすると将来は暗いかもしれない。もちろん援助とは本当に難しいもので会社の融資などとはワケが違う難易度である。しかし去年から「効率化」、「国益重視」をODA大綱、JICAの「5つの柱」に加えておきながらあまりにもお粗末である。そんな現状の一つを今日は垣間見ることができた。


 2月2日水曜日
  信用できる?

 マサテナンゴのサンカルロス大学へ飛んだ。ここの教授、レイナルドは仕事のできる男である。オレの仕事にも興味を持っており、なんとかJICAを呼んでウチの大学をどうにかできないだろうか?と常に考えている。そんな彼も自分の将来のためにブラジル行きを決めてしまった。博士課程、そして結婚である。ガールフレンドはウルグアイ出身で現在その彼が行くブラジルの大学で勉強している。彼の年齢からしてももう結婚を考えなければならないだろう。
しかし彼が出発する前にオレとしては十分に基盤を作っておきたい。この大学はオレの配属先であるシェラのサンカルロス大学より状況がいい。研究がある程度進められる力を持っている。多くの教授が副職を持っていないので仕事に集中できる。熱帯気候を利用して多くの作物を作ることができる。反対に言えばシェラにはすべてがない。よってこのマサテナンゴがうまくいけば後任にはそちらで働いてもらいたいぐらいである。
今回は今期の計画を練ること、彼がいない間にいっしょに仕事をしてくれる人を探すこと、この2つである。マサテナンゴに着くと暑い!!!メキシコ、グアテマラと違うところにいたけどいずれも寒かった。急に30℃の世界にくればそりゃ暑いわ。しかしこの暑さがまた元気をくれるのである。
レイナルドは相変わらず元気。すぐに仕事の話をしていた。彼には助手が一人ついていた。今年から加わったらしい。秘書が切られたシェラとは何もかもが逆である。彼はどうやら自分の研究にオレが広めている有機農法をテーマとして使いたいようだ。もし彼がやる気なのであればそりゃ大歓迎だ。
教授会議にも参加した。なんと11時半までやっていた。これはどっかの日本の大学より真面目かもしれない。始まったのは9時ころだったと思う。この真面目さはなかなかグアテマラではみることができないだろう。ところで会議の最後にオレから一言。「これからこの大学でオレの研究を始めるけどもしよかったら協力してほしい。もし長期間ここで研究ができ、人に見せられるモノになったとすればここにJICAのプロジェクトを入れたいと思う」。スペイン語から直訳したわけではありませんが大体こんな感じのことをいった。やっぱ人参は常にぶら下げておかないとね。
反応はよかった。次の授業でどれだけの教授が来てくれるだろうか?もちろん1回目からそんなに興味を示す可能性は少ないだろうけど楽しみにはしている。個人的にこの大学は信用できるほうだと思う。しかしまだまだ、実際に活動はしていないからである。これからどういった態度で臨んでくるか。投資するか?しないかはそれにかかってくる。彼らにもそれを伝えたつもりだが…。


2月3日木曜日
 仕事仕事仕事命命命

 必殺とんぼ返り。昨日11時半に終わった会議。寝たのは1時。起きたのは5時。バスに乗ったのは6時。シェラに着いたのは8時。今日働くNGO、CEDEPEMのオフィスに着いたのは8時15分。そしてすぐに出発。本日の目的地はXeaj、所謂オレの任地であるケツァルテナンゴ県(シェラ県)の原住民が住む地域の一つである。こういったケツァルテナンゴ県の開発に関われるということは大変有り難い。特に今までは遠くまで行って活動することが多かったためやはり時間の無駄があるのはやむ終えない状況だった。しかし県内であれば1時間以内で確実に行くことができる。これはかなり大きい。
メンバーはオレ、国連ボランティアのフィンランド人2人とマックスというCedepemの技術者、そして通訳のマリアだ。何しろスペイン語が通じにくい地域なだけにキチェ語が話せる彼女は貴重だ。かなり険しい山道を通ってついたのがXeaj。ドニャ・サンタなる住民グループの長が迎えてくれた。スペイン語はまあまあできるようだ。これでコミニュケーションには困らない。今日の用件は再来週行う有機農法の講習会を開くための準備だった。この村は運良くすべての材料、機材等が揃えられるようだ。


2月4日金曜日
 無計画な計画

 今日も引き続きCEDEPEMとのミーティング。去年までは淡い予定しかたっていなかったはずなのにしっかりと仕事ができるようだ。というより忙しくて本当に日程をこなせるのか心配なぐらい。しかし国連ボランティアの二人が「さて、計画はしっかり立ったけどどこまでまともに機能するでしょうか?」なんて話していたので一安心かな。


2月5日土曜日
 堕落した休日

 本当は中米で一番でかい山タフムルコ(標高4226mだっけ)の登るはずだったのにガイドが骨折してオジャン。オカゲサマで完全休日。
 喫茶店に行ってゆっくりしてきました。久しぶりに新聞を読んでゆっくりして…。こんなこと本当にしばらくしていなかったもんでなんか変な感じ。でも本当にリラックスできた1日でした。
posted by mi corazon como el pacifico at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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