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2005年06月30日

コメント専用☆一言ぐらい書いてください☆

どんな人がこのブログを読んでいるか知りたくなったんでここにコメントしてくれると嬉しいです。恥ずかしい方はオレにわかるようにだけ名前を教えてくれても構わないし、匿名希望でもいいです。
あと、こんなこと書いてほしいってのがあったら書いてくれると嬉しいです。
posted by mi corazon como el pacifico at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | あしあと♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日記、2005年4月8日〜4月14日まで

 2005年4月8日金曜日
  全環皆既日食
 今日はグアテマラに来てはじめて?かもしれない優越感だった。そう皆既日食を見ることができたからだ。今日の仕事は林野庁でこれからの計画を話し合うことだった。午後3時ごろになるといよいよ日食が始まる。しかも今回のは全環皆既日食と言って太陽に月がスッポリと覆い隠す珍しい現象。もうオレが生きている間には見られないかもしれない。そんなこともありオレはサングラスを3枚重ねてみることにした。これでも目にはよくないらしいがしょうがない。一生に1回だろ、どーせ次の機会は忙しくてそれどころじゃない可能性が高いし♪
 午後4時になったところでなんと月が太陽を覆う瞬間を見ることができた。なかなか感動的だった。しかしそのとき撮った写真はやっぱりうまくいかず。後から教えてもらったことだがフロッピーの中身なんかを使ってもキレイにみることができたらしい…不覚でした、オレとしたことがそんな事前調査も行わずに…残念!!!
 グアテマラの人々もやはり知っていたらしくいろいろ聞いてきた。こっちにもそういった美学があるんだなぁ〜と思って安心してしまった…って当たり前?

 2005年4月9日土曜日
  休日
 今日は土曜日でも珍しく何もなかったので休ませてもらうことにした。洗濯して掃除して本を読んで、インターネットして…さほど日本と変わらないことをしているなぁ…と思ってしまった。
 実は去年の今頃は成田空港にいたっけ?あのときが懐かしいな。今はあんときのような新鮮さは消えてしまった。当たり前のことだが。そして現実に直面しいろんな意味で大きくなれたような気もする。まあ、案外変わってないかもしれんけどね(笑)。どう思われますか、皆さん???

 2005年4月10日日曜日
  1年経過
 記念して祝いたいところだがオレしかいない。同期はみな散らばって今頃仕事に勤しんでいるところだろう。お祝いするのは来年の4月に帰国してから、または5月の下旬くらいになりそうだ。
 あっという間の1年、本当に早かった。正直言わせてもらえば今までの人生の中では一番時の流れが速かったように思う。これは充実していたからだろうか?それとも怠惰に過ごしてしまった結果だろうか?アメリカ、ドイツにいたころは非常に時の流れがゆっくりだったように思う。あのときは本当に充実した日々を過ごしていたと断言できる。
 今、グアテマラでこのような仕事をして暮らしているが今までのときのように仕事がバリバリできているとは言い難い。しかしそれはグアテマラの文化でありスタイルである。時間は守らない、約束は破る、組織化ができない…等々。しかしそれは長年かかって形成されたものであり、自分ひとりが食って掛かっても変えることは不可能に近い。そう、仕方ないことなのである。
 時が早く感じられるのはそれだけが原因ではないのだろうけど、とにかく自分でもビックリするような速さだ。このままだと気がついたときはもう日本にいる、という状態になるのではないだろうか?それはちょっと困った話なのだが(笑)。
 おっと、この続きは明日ね♪今日はもう眠い。

 2005年4月11日月曜日
  続き
 1年間経ってよかったと思っていること、後悔していることをあげてみたい。
良:
・日本の体制にこだわらず、グアテマラスタイルで仕事ができた。
・様々な諸機関やNGOを回り幅広い情報、知識、技術を得ることができ、それを活用することができた。同時に活動範囲を広げることにも繋がった。
・工学部の人間が農業従事者となり農学部を上回る結果を出せたこと。
・村落の住民から大統領候補まで様々な人と意見交換ができた。
後悔:
・活動の幅を広げすぎ。配属先にいる時間が減ってしまいコミュニケーション不足。もっと粘って仕事がなくても大学に居座っていれば違った結果もあった可能性がある。おかげで大学の仕事は未ださっぱり。
・元々怠惰な人間だったオレが、さらにグアテマラ人の流れに呑まれてしまい自分もどんどんダラシナイ人間になっていってしまった。かなりナアナアな性格へと落ちていった。
・未だしっかりとした活動の方向性が見出せていない。もっと軸になるものを作り、それを第一目標に定めて邁進する必要があったように思う。

 総括はまた明日、今日は疲れた(笑)。

2005年4月12日火曜日
  1周年の反省は今日でおしまいです(笑)。
 さて、これを総括すると一目瞭然。結局オレの活動の良と悪の両方を導き出す結果となってしまった行動は「配属先以外の省庁、諸機関、NGO等をまわって情報収集等をしたこと」、これに限られる。この行動は本当に吉とも凶とも出てしまったのだ。
 言い訳になってしまうが弁解をさせてもらえば来た当時は本当に仕事がなかった。分析をやるはずだったオレに与えられたのは実験室だけ。オレのオフィス、机すらもなく、実験機材もない。カウンタパートとなるはずだった2人の教授は残念ながら仕事をいっしょにできるような状態ではなかった。1人はスポーツ用品店の社長で1日15分しか大学に来ない。つまり大学に来たというサインをするためだけ。もう1人は7月~11月までの学期中なんと4回しか実験の授業を行わなかった。これでは話にならない。よってオレは活動の方向性をすべて考え直さなければならなくなり、思いついたのがまず外に出てみることだった。そうすることによってグアテマラ全体の現状、農業の現状、そして外から見た大学の評価、問題点も浮かび上がってくると思ったからだ。
 しかし弁解は所詮弁解である。ちょっと度が過ぎたとオレも思う。結局いろいろと諸機関を観察すれば新しい仕事が出てくる。オレの配属先とは違い目を輝かせて仕事をお願いしてくる。そうなったらやっぱり引き受けるしかなくなってしまった。
 正直なところオレはこのサンカルロス大学に呼んでもらった以上ここで恩を返したい、という気持ちもある。やっぱりどんな適当な状況でオレを呼んだにしても彼らが呼ばなければオレはここにいなかったわけだし…。
 仕事がなくても我慢して配属先に留まる。そして少しでもいいからその場所で実績を上げて貢献する。何も2年間時間があったのに何も自分を受け入れる用意をしなかった配属先に見切りをつけ、他のやる気がある諸機関やNGOと仕事し多くの結果を出すこと。
 このどちらが正しいだろう?これは今評価できることではない。10年、20年経って結果が出てくる話なのではないだろうか。オレは結果的に前者を捨て後者を取った。いや、逃げたともいえるかもしれない。しかしもう戻ることはできない。しかしこれからの1年、修正は可能である。それこそがこれからの1年オレのしなければならないことではないだろうか。
 長い文章になってしまったがあと1年、とにかく頑張ってみます。たまにはサボるだろうし不貞腐れるだろう、確実に。でも完全に腐りきることなく七転び八起きでやっていきたいと思う。みんなも応援してね(笑)。ま、第一目標は生きて帰ってくることですから、まずはそれを達成したいと思います♪

 2005年4月13日水曜日
  村落的な農業活動
 今日は学生に誘われてシェラ県(オレの配属先がある県)のある農村へ行ってきた。ウチの学生がこの村で、大学の課題であるソーシャルワークのワークショップをやったらしいのだが、どうやら農業の面で問題があるらしくオレに来てほしいとお願いしてきた。
 学生に連れられて1時間、コロンバというコーヒーで有名な地域にたどり着いた。ここ一体はすべて大地主によるコーヒー栽培が一般的であり、そこにグアテマラの農民が日雇い労働者として働いている。所謂グアテマラそのものである。みんなが美味しく飲んでいるグアテマラコーヒー、これは彼らの過酷な労働により成り立っているのだ。
 そう、つまりコーヒー農園の労働に男達はすべてかり出される。オカゲサマで他の仕事が作れないできない。そしてコーヒー農園は1年を通じていつも仕事があるわけではない。これが一番マズイ状況を作り出しているといっても過言ではない。そしてこの村もその枠に当てはまる村なのだ。
 オレは彼らの意見をとりあえずまとめたが、今日は村民がみんないるわけではなかったので次の機会にもっとゆっくり話を聞いて問題解決を模索していくことにした。今回嬉しかったことは学生が1人この問題解決のためにオレを呼んでくれたことだ。こういったやる気のある、そしてグアテマラの貧困について考えてくれている人物というものはそういない。なんとか彼のような人材がもっと増えていってくれることを望む。

 2005年4月14日木曜日
  グアテマラ軍人学校の実態
 昨晩はマサテナンゴに泊まった。今日は隣県であるレタルレウ県の軍人学校で授業をするからだ。まッ、安いホテルということで案の定ノミにやられました。あまりにもたくさん刺されすぎてもうよくわかんなくなってきてるんだどね(笑)。
 さて、早朝5時に起きて学校に向かった。ついたところには制服を着た学生がいっぱいいた。そしてビックリしたのはモヒカンの生徒が半分ぐらいを占めていたことだ…。どうやらグアテマラの軍隊はモヒカンにすることが正しい髪型らしい。日本だったら殺されるのではないだろうか???
 今日の授業は、なんと80人を前に教えなければならなかった。ここまで多い人数を前に講義をするのは初めてだったのでちょっと困った。別にもう慣れたので緊張することはなかったが、ちゃんとみんなが理解してくれたか?これが一番心配なことだった。
 それにしても嬉しかったことはとにかく質問攻めにあったこと。やっぱり学生は学生。本当に好奇心がいっぱい。これは素晴らしいこと。オレも本当に息をする暇もなく質問に答えなければならなかった。いいことなんだよ、これ♪
 さて、元気一杯の学生たちと心行くまで講義をして実習もこなした。反応は抜群だったしやっぱり面白かった。そして今日本当に驚いたことはマサテナンゴのサンカルロス大学でオレといっしょに働いているレイナルド氏がこの講習会の2日目を担当してくれていたところだった。元々はオレが大学で始めたことをしっかり引き受けてくれたことは非常に有り難かったし大きな進歩だった。オレの今までやってきたことも決してムダじゃなかったわけだ。それを知ることができただけでも今日は収穫だった。
 それにしても軍人学校はなかなか興味深いところだった。女性は70人中3人しかいない。制服あり。髪型はモヒカン。学生は活発。これは後から聞いたことだがやっぱり防衛大学のように厳しい面もあるらしい。ここを卒業した人は人格が変わって帰って来るそうだ。自衛官の自殺が多い日本と共通した危険な部分も持ち合わせている。まあ、軍隊といえば全世界共通のことなんだよね、これって。
posted by mi corazon como el pacifico at 07:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

うまくいかん

 報告書に書いた仕事がさっぱりうまくいかん。このままだとヤバイかもしれんな…。やっぱり思いどーりにはいかないものだね、この世の中。こんなときはやっぱりグアテマラに合わせるしか方法はないのだろうか?どうなのだろうか?

 すべてがうまくいっていないわけじゃない。諦めるのはまだ早い。頑張ろう。
posted by mi corazon como el pacifico at 04:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遅くなりましたが4月の日記公開(2005年4月1日〜7日まで)

2005年4月1日金曜日
  グアテマラで麻雀
 なんとこんなところまで来て麻雀をすることになるとは思いもしなかった。しかも大学2年生以来なので5年ぶりのことだ。麻雀といえば中学のころに入れ込み、高校にして衰退し、大学ではお付き合いで年に2,3回やる程度だったので腕のほうはどんどん落ちていた。ましてや今なんて役の計算すらもできないかもしれないな(笑)。
 ということで、今日の面子は企画調査員、日本語学校教師、先輩、オレだった。企画調査委員の方は普段とてもキレるので本当にうまい打ち手なのではないかと身構えたけど取りこし苦労。みんな打ち方もメチャクチャだったので一安心。オレももう忘れてしまった役を思い出しながら適当に打っていた。結果はプラスマイナス0といったところでしょうか。それにしてもまさか地球の裏側にまで来て麻雀をすることになるとは…。

 2005年4月2日土曜日
  尊敬すべき先輩との別れ
 今日は本当にお世話になった先輩のお別れ会だった。彼はオレと同じサン・カルロス大学勤務だったのだが、ケツァルテナンゴの分校ではなく首都の本校である。よってオレと行っている活動には大きな差があったが本当によくしてもらった。彼の仕事は自分の仕事と違い、本当に普通にある日本の大学の研究にほぼ近い。一方オレは研究すら立ち上げられない状態である。
 しかしそんなオレを彼は見守ってくれ適切なアドバイスを沢山くれた。もちろん彼の大学とオレの大学には技術的には大きな差があり開発の仕方は異なる。しかし彼の研究室での仕事の進め方、カウンターパートとの関係の築き方等非常に興味深く、彼のインテリジェンスを感じることができた。もちろんそれは勉強ができるという頭の良さではない。仕事をどう進めるか?計画をどう進めるか?これは残念ながらお勉強の良し悪しで決まるものではない。彼にはその才能があった。
 そんな彼と1年間いっしょにグアテマラで過ごすことができオレは幸せだったと思う。本当に多くのアドバイスを頂いた。心からお礼を言いたい。

 2005年4月3日日曜日
  特に何にもない日
 今日は移動日だったので特に事件はなし。バスで5時間の道のりは長い。しかしもう慣れてしまった。昔は1時間半の電車でも時間の無駄だ〜と思ったもんだけども今はそんなこと思わない。普通になってしまった。

 2005年4月4日月曜日
  仕事キャンセルにて…
 キチェ県の仕事が突如キャンセルになってしまい今日は強制的にお休みになってしまった。まあ、ため込んでしまった事務系の仕事がたくさんあったのでこういった日もたまには必要なのだけれどやっぱ捗らないね。もっと期限が迫ったりなんだりってのがないと人はなかなか動かないものだ。そういった脅迫がなくても仕事ができる人って本当に意志の固い人か、その仕事が好きなんだろうなぁ…。

 2005年4月5日火曜日
  あー、1年が…過ぎようとしている
 もうすぐで1年が過ぎる。この1年がどうだったか?とかそういうことは後でゆっくり書いていくつもりだけど、頑張ったこと、サボってしまったこと、難しかったことなど本当にいろいろあった。まあ、どちらにせよあと1年はあるのだ。とにかくできることをこなしていく以外に手はあるまい。

 2005年4月6日水曜日
  なかなかうまくいかん
 有機化学実験で作った肥料を実際に使ってみようということで話を進めていたんだがなかなかうまくいかないものだ。オレとしてはなんとかして先生手動でやらせたいのだがそうはいかん。やっぱり彼らも自分達の仕事があるからそれ以上にやってみようという気にはならないのだろう。
 しかもオレのやっていることが正しいことなのか?本当に効果のあるモノなのか?それを彼らは知らないのである。JICAの資金を使えばそれらを見せつけられないことはない。しかしそれをしてしまえばまたオレ達ボランティアは技術協力ではなく「慈善事業」と誤解され過去の隊員が行ってきたことと全く同じ轍を踏むことになるのだ。

 2005年4月7日木曜日
  連日のキャンセル
 大学で午後5時から会議をする予定になっていたが中止になったらしい。残念なことだがしょうがない。最近仕事のキャンセルが多すぎる気がする。ついてないのかオレのやり方が悪いのか…困ったもんだ。
posted by mi corazon como el pacifico at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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