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2005年11月24日

眠い!!!

けど今日はやったるぜー。
いろいろあるのですが1つ1つ片付けていくことにします。

それでは出張行ってきます♪ 1週間ほど更新不可能となりますがよろしくです。
posted by mi corazon como el pacifico at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日火曜日、23日水曜日(出張前)

 2005年11月22日火曜日
  送別会
 本日の夜は先週日記でも書いていたドイツ人、マリの送別会だった。彼女は3日後に彼氏とベリーズで待ち合わせしているらしい。カリブ海の真っ白なビーチで遊んでくるなんて羨ましいなぁ…。1月ごろまでゆっくりするそうなので恐らくメキシコ等にも足の伸ばすのではなかろうか?
 そんな送別会の料理を取り仕切ったのも彼女だった。ブルーチーズソースを使ったパスタはとにかく絶品だった。しかしこの種類のチーズはドイツで買うより値段が高いと聞くとやはり驚きである。ビールもドイツのほうが安いことを考えるとかの国は恐ろしいことがよくわかる。
 いろいろしゃべっていたらあっという間に12時近くなってしまった。オレも明日の仕事があるということで帰ることになった。そしてついでに決まったのはオレが彼女を空港まで送り届けることとなった。やっぱ首都は危ないからね。とにかく用心に越したことはないっすよ。どーせ4時間半のバス、オレにとっても友達と過ごせたほうが楽しいモンね♪

 2005年11月23日水曜日
  JICA専門家の以来
 ちょっと専門家から頼まれたことがあり今日はその情報収集に徹した。オレがこの国で唯一可能性があると思われる専門家のプロジェクトがこいつである。反対に言えば他は全部ダメ。本当に経験を積んだ方々がやっているとは思えない仕事ばかりである。正直これは本当に税金の無駄である。ODAや協力隊の無駄はあると思うがこっちも相当マズイと思う。
 さて、今日お願いされたことは薬草に関することである。どこにでもあるように自然にある植物を薬草として使うのはどこの国もいっしょである。もちろんグアテマラも例外ではない。彼女が行っている母子保健プロジェクトの視点はなかなかいいと思う。やっぱり身近にあるもの、安く簡単に済むモノを使って健康に対する啓蒙をしていく。保健教育にもこいつはいいだろう。
おっと、話がそれたので戻すと、彼女にお願いされたのは薬草が簡単に育てることができるものなのか調べてきてほしいということである。大切な部分に気がついている。やはり薬草に肥料や手間暇かけるほど住民に余裕はない。放っておいても育つぐらいでないとこのプロジェクトを行う意味がない。初めにビニールハウスを使うなんて話をしていたけど止めてくれて正直ホッとした。
 いろいろ調べてみるとどの植物もかなり簡単に育つことが判明。中にはタンポポなんかもあってこれが薬草だったんだ〜、と1人で感心してしまった。ま、何がともあれいい報告ができそうな感触だ。
posted by mi corazon como el pacifico at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月23日

相棒の話

オレのパソコンはもうそろそろ限界が近づいている。
いろいろな機能を取り込みすぎてCドライブは大変なことに。メモリーは追いつかない。80、20Gの外付けハードももうパンパン。そして自分のパソコンもあと5Gほどしか残りがない。ここでハードを買うのは気が引ける。誰か日本から観光客が来ないかな(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月18日金曜日〜21日月曜日(週末と楽器)

2005年11月18日金曜日
  今期最後の授業
 こいつがある意味本当に最後の授業と言ってもいいかもしれない。来期は5月末までなのでオレは学期の途中である4月上旬で帰国しなければならない。しかも3月末はイースターの祭りが始めるため、仕事は殆ど3月で終わりのようなものなのだ。んなわけで正式な教授は今日が最後になるといっても過言ではない。
 今日は1人抜かして学生が来てくれた。授業も順調にうまくいった。オレはもちろん嬉しかったがしっかり結果を見せることができたことは正直ホッとした。そして同僚のヘスス氏に労いの言葉をかけてもらえたことも喜ばしいことだった。こういった仕事をこれからも続けていってくれたらそりゃありがたい。その可能性についてはちょっとわからない。災害等あったし計画どーりにはいかなかったもんね。
 1人来なかった学生には2人で話し合った結果オレの仕事に1日お付き合いすることで単位をあげることになった。なかなか面白いこと考えたもんだ。恐らく彼にはとてもいい勉強になるはず。
 夜は2人日本人の友人が来た。1人はハリケーン被害がもっとも凄まじかったサン・マルコスのテフトラで働いている人だ。残念なことに知り合いが10人も亡くなったらしい。仕事も相当大変なのだろう。農業面ではオレがお助けをするつもりではいるけど果たしてどうなるか…。

 2005年11月19日土曜日
  すんませんが
 今日は元気がないため勘弁してください。とても日記を書くような精神状態じゃないっす。

 2005年11月20日日曜日
  友人がまた1人
 午前中はいつものごとく喫茶店でジャズとコーヒー。そして新聞を読みながらね。するとお店にフランス人の友人が入ってきた。旅行から帰ってきたらしい。旅行話に花を咲かせながらジャズを聞く。やっぱり1週間の楽しみはここにあると言っても過言ではないな、もはや(笑)。幸せの空間そのものだ。
 さて、夜はドイツ人の友人が最後の日だと聞いていたのでクラブで飲んだ。ちょっとサルサを踊ったりもしたけど基本的には彼女と話す時間をとった。しかし彼女が美人なため他の人に踊りに誘われまくりで落ち着くまで時間がかかった(笑)。恐らく合計8人に誘われたのではなかろうか…。時にはグアテマラ人お得意の密着系のダンスをさせられてちょっとカワイソウだったがそこはオレの知ったこっちゃない♪
 よくわからんが彼女とはナゼか気があった。別に特に共通点があるわけじゃないのにね。でも彼女の彼氏は精神的な病気を患っていることを相談されたときに親身になって話をしたこともあった。まあ、オレも同じような境遇に合ったことがあるので気持ちを共有できたことも大きいのかもしれない。とにかく感じのいい人だった。それだけに帰るのは残念だ。正式な送別会は火曜日だそうだ。いつも言ってるが海外はお別れが多い。これが唯一海外にいてイヤだなぁ〜、と思う瞬間だ。

 2005年11月21日月曜日
  最愛の人と再会
 ジャズ兄弟、アンドリュー、ゲッグランの家でパーティーがあった。家に入るとすぐに迎えてくれたのは初体面の方、ミーヤ。彼らの親友でありチェリスト。そしてオレのため(ホントか?)楽器を持ってきてくれた人でもある。すぐにオレがチェロを弾く男だとわかったようで「アンタがチェロ弾きたいって言ってた人?」と聞いてきた。ははは、話が伝わっていたようだ(笑)。
 ということでパーティーそっちのけでチェロを触ってました。それにこのチェロはアンプに繋ぐ「エレクトリックチェロ」というヤツでホンモノとはかなり違う。1回YAMAHAで弾いたことがあったヤツとは大きく異なる。もっと弾きづらい。説明しづらいがチェロには音を増幅させるための空洞が中にある。しかしエレキはその名の通り電気で増幅させるため空洞は必要なく本物より厚さが足りない。よって自分の体と弦の位置が近すぎて非常に弾きづらい。
 2年間弾いていなかったことも手伝ってかなり苦戦しました。とりあえず普通には弾けるようになったけど腕は棒のようになってしまいちょっとオレの体の構造改革が必要な雰囲気だ。とりあえず首都で仕事がある木曜日までは毎日彼らの家に通うことにします。通い夫になって最愛のチェロを愛してみますよ(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月19日

Eso me gusta !!!

大学もテスト期間に入る。よってオレは用済みです。この時間は他の仕事をするかそれとも遊んでればいいわけで。せっかくだったらやっぱり仕事をやっつけるのがベストでしょう。
posted by mi corazon como el pacifico at 01:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日土曜日〜15日火曜日

 2005年11月12日土曜日
  お別れ会のはずが…
 今日送別会を行うはずのデンマーク人が来なかった。早い話がすっぽかされてしまったのだ。まー、別にしょうがないといえばそうだが、人物的にそういうことをする人には見えなかったのだが…。「必ずメールをする」と言っていたのでそれを待つとするかな♪来なければ来ないでサヨナラだからもういいっす。そーゆーことはここで一杯経験したのでもう慣れてます。
 そんなこともあったのでいつも喫茶店で聞くはずのジャズライブをシェラ唯一のフレンチレストランで聞いた。もちろん常連が来てくれてアンドリューとその兄は大喜びしてましたが。しかし先週連れてきた日本人女性たちがいなかったため「今日はいないのか?」聞かれちゃいましたが。今度紹介してやっから待ってなさい(笑)。それにしてもアンドリューの彼女なんかメチャクチャかわいいのに…あれで納得しろって♪
 デンマーク人と仲良くなる代わりにグアテマラ人の友人が来ていて彼らと話していた。まあいいヤツばっかりだったけどあまり話は弾まなかった。うーん、と思っていたら案の定。彼らも初対面同士だったらしい。どーりでなんかみんなぎこちないと…。

2005年11月13日日曜日
  狂犬病予備患者帰宅する(笑)
 先日犬に噛まれて首都に行っていた友人が無事帰還した。それにしても大変だったろうな。注射を受けた後やはり熱が少し出たらしい。オレも去年の4月、5月に受けたので覚えている。帰ってきたときはすっかり元気になってたけど噛み傷を見るとすごい内出血だった。あらららららら、こりゃ酷い。
 でもその人と彼女の同僚はオレと非常に気が合う。正直働く地域が近かったことに感謝したいぐらいだ。オレはこれまでこういった友人たちに恵まれていなかったからかなりありがたい。とにかく気を使わなくてすむのだ。これが一番!!!話していてホントに楽なのです。しかもねーさんなのでいろいろと相談することができる。いやー、頼りにしてまっせ。もちろん彼女がこのブログを見られるわけないんだけど。1週間に1回風呂に入れるか入れないかの暮らしをしてるぐらいだからね♪

 2005年11月14日月曜日
  アホみたいに仕事がキャンセル
 せっかくいろいろ入っていた今週の仕事が2つもキャンセルに…くそ〜!!!頑張って他の仕事を削ったというのにオマエらは〜〜〜〜〜!!!まあ、仕方ない。今週は書類仕上げに命をかけますから。他にも確認事項があるのでそれをやらせていただきます。
 あとはサルサでも踊ってるさ…くそう。

 2005年11月15日火曜日
  また1つの別れ
 今日はUS peace corps.の人とお別れ。お互い時間がなかったためランチを共にしただけ。本当は盛大に何かお祝いをしてほしかったけどそうはいかなかった。特に先週はオレが死ぬほど忙しかったこともありどうにもならなかった。もう1つ問題は彼女がオレのことを狙っているともう1人のピースコ友達に言われたこと。オレは彼女に恋愛的な興味がない以上思わせぶりみたいなことは絶対やりたくなかったのでしばらくの間会わないことにしていた。そんなこともあったので今回会ったのは実に1ヶ月ぶりとなる。
 彼女の人間性、仕事には興味があったのでもっといろいろ話がしたかった。しかしこれだから男女関係ってタマに難しい。オレはいつも望まない人に好きになられてオレが本当に好きな人にはフラれるというパターンがここ何年かずっと続いている。まあ恋愛ってそんなもんなのかもしんないんだけどさ。
 午後大学に行くと同僚の娘の高校卒業パーティーに誘われた。そのあと同日にもう1人にも誘われてしまった。こーゆーダブルブッキングはどうしたらいいのでしょうか(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

またもや

更新が遅くなってしまいました。
なんとか明日、明後日までにはリアルタイムに戻れるように頑張ってみます♪

今日は特別にハリケーンの被害状況の写真を皆さんにお見せします。
これがパンアメリカンハイウェー(パナマ−アメリカ間)のうちから40kmぐらいの地点です。

DSC00053.JPG DSC00044.JPG DSC00040.JPG

完全に道路が削りとられてなくなっています。現在底に流れている川は50cm程度です。どうやってあの水が道路を消し去ったのか検討もつきません…。
posted by mi corazon como el pacifico at 14:31| Comment(2) | TrackBack(1) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月9日水曜日(隣県に出張の巻)

 2005年11月9日水曜日
  出張
 本当に久しぶりに隣県のマサテナンゴ市へ出張となった。ハリケーンの影響で道が寸断されてしまい行きたくても行けなかったというのが正直のところだ。こいつのおかげで予定が1ヵ月半もずれ込むことになってしまった。昨日犬に噛まれてしまった友人は午前中無事に予防接種を受けて首都に向かうことができた。危うく24時間を過ぎるところだった。ことが一件落着したことを素直に喜んだ。
 さて、バスに乗ってマサテナンゴに向かう。道はどれほど復旧しただろうか?ハリケーン当時は完全に通行が不可能な状態になっていたはずだ。1時間ほどバスに乗っていると案の定、サンタ・マリア・デ・ヘススあたりで道路が完全に50mほど削られてなくなっていた。こちらは迂回路があったので問題なかったが、次にぶち当たったのは橋が落ちてなくなっている道路だった。こいつはさすがにどうしようもなく違う道路を通るしかなくなっていた。もちろんバスもここまで。ここからピックアップトラックにお乗換え。ちょっとあたりを眺めていたら乗るのが最後になってしまいトラックの荷台には乗れず端っこにつかまってようやくどうにか連れて行ってもらえることになった。この道を40分ほど行くとやっと元の道に復帰した。バスに乗り換えてさらに1時間半。途中ニュースでもやっていたナウアラテの橋も見ることができた。これだけデカい橋を簡単になぎ倒す自然はやっぱりすげー。
 3時間かかって到着したマサテナンゴ。2ヶ月ぶりだろうか?本当はもっと早く来る予定だったのに無理だった。おかげでテスト前に授業ということになってしまい参加してくれる学生は少ないという。残念だがハリケーンという天災があった以上どうしようもないというものだ。
 嬉しかったことはこのマサテナンゴのサン・カルロス大学の仕事を始めるキッカケとなった男、レイナルド氏がここに帰ってきてくれたことだ。ブラジルに向かったはずだったが現地では大学がデモで閉鎖状態だったらしい。仕方なく彼は一時帰国をしたということだ。残念だけど彼にもう一度会えたことは嬉しかった。もちろんレイ氏にはさっさとドクターを取ってもらって日本人ともっと多くの仕事をしてほしいと思うのだが…。

 2005年11月10日木曜日
  イマイチ
 早朝5時半、起床時間だ。さっさと朝飯を済ませた後大学の圃場に向かう。しかし着いてみるとガッカリ。さっぱり用意ができていないじゃないか…。ある程度は予想していたので仕方ないと思うがこれほどとは。いろいろあったかもしれないけどもう少しちゃんとしてほしかった。
 それからもっと困ったことはオレといっしょに働くはずだった教授、テジョ氏が実習の途中でいなくなってしまったことだ。これじゃー殆どこいつをやる意味が無い。オレが教えたことを学生だけが見ても効果は半減以下だ。学生は何れ卒業してしまう。教授に技術移転ができて初めて持続性が出てくる。しかし肝心の彼は自分の副職であるさとうきび畑の仕事に行ってしまった。かなりの誤算です…。
 先生がいなくなったおかげで学生もやる気を失って24人いた学生は殆どが喋って何も聞いてくれない。実習にも参加してくれず協力的だったのはわずか8名。まあ8人いただけでもマシと考えればいいのか…。ともかくちょっと今日の状況にはさすがに疲れてしまった。

 2005年11月11日金曜日
  久しぶりに怒る
 普通オレは仕事で怒ることはまずない。怒ってもいいのだがやっぱりムダにそういったことはしたくないからだ。それからいつも怒ってばかりではいざというときの激怒が効果としては半減以下になってしまうからだ。やっぱり秘密兵器はしっかりとっておかないとね♪
 ということで今日がそれでした(笑)。早朝5時半、これは昨日と同じ起床時間だ。朝食後すぐに圃場に向かう。しかし今日の状況はさらに最悪。オレをおいてテジョ氏はすぐにいなくなってしまった。8時半に戻ると行ったが結局戻らず。
「大学の仕事を放棄して自分の仕事に行ってしまうとはなんたる男だ!!!」
さすがのオレもマジギレしてしまった。日本人がわざわざ時間を作ってここに来たというのに、しかもオレはボランティア、アイツは給料を貰って働いているのだ。なのにこのザマはいったいなんだー!!!
 まずは学生に事情を話した。こんな状態だったらオレはもう次は来ないと。そんな話をしていたら学科長が来てくれたのでもう一度しっかり言わせてもらった。彼もさすがにマズイと思ったらしく学生と相談を始めた。そして最後にはみんなでしっかりと話し合いをもってくれた。まさかここまでやってくれるとは思っていなかったけど、問題が生じたとき即決して行動に移してくれるのはありがたい。彼らのやる気というものを感じ取ることができた。そして怒ったカイがあるってもんです♪
 仕事としては収穫が薄かったように思うが結果的には学科全体がオレの仕事を支えるという体制が完成したのは「災い転じて福となす」まさにこの言葉がピッタリ当てはまる。だが気がかりだったのはテジョ氏。彼は結局一度も帰ってくることがなく話すこともできなかった。オレは彼のことをかなり強い調子で非難してしまったためフォローをしておきたかった。それができなかったのはちょっと次からの心配の種だな。アメとムチ、両方ないと怒っても意味はない。
 帰りは行きと同じ道。しかし途中の迂回路が1車線のため渋滞が発生。今夜は大切な人のお別れ会があるのだ。こんなことでは時間に遅れてしまう…ということで意を決して山道を歩くことにした。やっぱり最後は体力がものをいうのだ。同様に急いでいるグアテマラ人4人を引き連れて30分ほど、ようやく元の幹線道路に復帰した。はー、よかったよかった。
 シェラに戻ったのは6時。一瞬でシャワーを浴びて6時半にはインドレストラン着。さすがに疲れたがインド料理とみんなとの会話は疲れを忘れさせてくれる。そして今夜は1年6ヶ月お世話になった日本人とのお別れ。グアテマラという奇々怪々な国で苦楽を共にした。この友情は二度と消えるものではないだろう。
posted by mi corazon como el pacifico at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

更新が遅れとる。。。

すんません、ホントに。
今週は特に忙しかったのだよ。というのはただの言い訳です(笑)。
山本一太や河野太郎のようなメッチャ忙しい議員さんも頑張って更新してるんだからオレができないはずがない。ということでなるべくリアルタイムで書いてきますんでヨロシク♪
posted by mi corazon como el pacifico at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月4日金曜日〜8日火曜日

 2005年11月4日金曜日
  大学の講義もこれで一息
 今期は特に紆余曲折あったけどやっとここまで漕ぎ着けることができた。今日はこの学期を通して続けてきた特別講義VI、最後の授業だ。正式に言えば最後の講義ではないのだけれどこの後は結果をみるだけなので実習としては今日が最後になる。ハリケーン通過のおかげで半年遅れてしまったが、まあこればかりは仕方ないというものだ。
 7時半に待ち合わせしていたのだがすでに農学部副学部長であるヘスス氏は来ていた。彼は時間を守るほうではあったが10分前行動とは驚いた。そして畑に着くともちろん殆ど人はいない。まあ、これはお見通しだったので問題なし。しばらく待ってから実習スタート。今日はせっかく日本人のゲストが来ているので彼女に力をかしてもらうことにした。せっかく野菜栽培の達人がいるんだからお願いしない手はない(笑)。
 いろいろハプニングはあったものの実習を進めるのを妨げるものではなかったためなんとか終わらせることができた。途中テレビ局の取材等させられてちょっと疲れたけど仕事がうまくいったことは万々歳!!!
 その後ヘスス氏と3人でご飯を食べに行った。思えば彼と一番初めに働いたときも同じレストランに食べに行ったんだなぁ…。彼にとってこのレストランは奥さんとの思い出の場所らしい。そんな場所にオレが2回も来てしまっていいのか…と思ったけど彼が誘ってくれたんだからお言葉に甘えるだよね。もちろん味が最高でした。そして彼の全部彼のオゴリでした(笑)。
 夜は友人でもありアーティストでもあるシェラ最強のグループ「ソンブレロ・ネグロ(黒帽子)」のライブをレストランで聞いてきた。あまりにも素晴らしい演奏でみんなも大感激。そんでもって俺の仲良しだからトークタイムも設けてあげた。それにしても彼はありえん。4つの似通っていない楽器を弾きこなす人は今まで見たことがない。クラシックのプロとかにはいるのだろうか…。

 2005年11月5日土曜日
  久々にスポーツ
 偶然だがバスケができる連中が3人集まったということで久しぶりにやりました。同僚の息子はバスケ暦があるということで彼を入れて4人。2対2をやったんだけど見事に負けた。やっぱ体力落ちすぎ。もちろん技術も落ちてますけどね。元々シロウトですから経験者と対峙することが間違っているのかもしれないけどやっぱ勝負に負けるのは悔しい(笑)。でもオレのドリブルやシュートパターンって本当に単純だったりする♪2、3種類しかないからすぐばれちゃうね!
 すっかり疲れた体で今度は寿司作り。こっちも久々の散らし寿司となったけど美味すぎた。友人が海苔を持ってきてくれたからなのですがとにかく彼女に感謝ですな。夜は昨日とは打って変わってジャズライブ。こっちも喜んでもらえたようでいよいよオレもシェラ観光マスターになってしまった感じ(笑)。

 2005年11月6日日曜日
  ふつーに休日
 朝8時半、11時にそれぞれ友人たちは帰っていった。日本人同士も本当に久しぶりだったが今日でオシマイ。日曜はいつものようにジャズを聞く。新聞を読んでその後は明日からの仕事の資料作りをやっていた。この1週間けっこうバタバタしてしまったのでこの1日は有り難かった。

2005年11月7日月曜日
  悪い1日の過ごし方
 書かなければならない書類がたくさんあったため仕事をキャンセルしてしまった。なのにさっぱり捗らなくてちょっと凹み気味。オレが悪いのだけれども…はー、あと半年しかないというのにいったいオレは何をやっているというのだ。もう1分だってムダにできないはずだ。こうやっていつも自暴自棄になるのはホントにアホとしかいいようがない。溜息しかでない1日だった。

 2005年11月8日火曜日
  1年半の人脈でもかなわず!!
 午前中NGOからお願いされた仕事で田舎にいっていた。ここの技術者であるロレンツォ氏はアメリカに行ってしまった兄貴より謙虚さがあり学ぼうという姿勢があるのが素晴らしい。ハリケーンが過ぎてからもこの仕事はかなり順調に進んでいる。オレも彼をしっかりバックアップできるよう頑張らないといかん。
 仕事が終わり1時ごろになりいっしょに昼食を食べようか?なんて話になったとき突然電話がかかってきた。どうやら友人が犬に噛まれたらしい。JICA?大使館?の規程で、もし犬に噛まれたときは狂犬病のワクチンを打たなければならない。それも彼らの指定したワクチンを指定の病院で注射するというなんとも効率の悪い話である。
 彼女の場合もこの効率の悪さが裏目に出てしまった。田舎に出て調査を行っていたため終バスの午後3時に間に合わず注射を受けることができなくなってしまったのだ。破傷風は規程がないため保健所で受けたらしいが狂犬病はできない。そんな話を聞いたオレは必死で近くに知り合いがいないかどうか電話で手当たり次第探した。最後にたどり着いたのはある友人の友人である農業技術者で彼女がいるカブリカンで働いている、とのことだった。しかし電話したときはすでに彼はカブリカンを出てしまっていた…。万事休す、オレの1年半はいったいなんだったのだ…と嘆いてしまった。
 しかしもしオレが彼女だったら規程を無視して保健所で狂犬病の注射も受けただろう。狂犬病は発病すれば100%死に至る。ワクチンは24時間以内に打たなければならない。もちろんすぐに打つのが科学的に考えても発病の確率を下げることができる。うーん、やっぱオレなら確実に規則を破って打ってもらう道を選ぶだろう。死ぬぐらいなら上司と健康管理員に謝ったほうがまだマシだ(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 09:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月07日

お盆休み

1日だけだけどグアテマラはお盆だったみたい。
ちょっと遅くなってしまったけど更新頑張ります。また見放されないためにも(笑)。

写真をつけたのは初かもしれん。
これでオレのホームページの価値がますます…(涙)。
posted by mi corazon como el pacifico at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月1日火曜日〜3日木曜日まで(遅くなりました)

2005年11月1日火曜日
  グアテマラのお盆
 早朝4時起床。というより殆ど寝ていない、というのが正しい。もちろん頭は痛いままだ。今日は大学の同僚エクトル氏の実家であるホヤバフに行くことになっていた。理由はキチェ県南東部の視察、それからグアテマラ流お盆を体験することである。
 欧米ではハロウィンとして10月31日周辺にお祝いがなされるこの行事は、南米でいくと「死者の日」にあたりグアテマラでは11月1日、その他エクアドルでは2日となっている。中南米になるとハロウィンのようなお祝いはなく日本のお盆のように先祖のお墓参り、掃除、花を添える。これらの過程をみるとやはりお盆にしかみえん。
 彼の実家であるホヤバフに着くと親戚が勢ぞろいしており、オレもまずは自己紹介から。お墓は日本と違い相当ハデ。これは写真でみせたほうがわかりやすいな。はい、どーぞ。

cemeterio.JPG

 それにしてもご先祖様の冥福を祈るのはどこの文化も同じことなんだなぁ〜、と当たり前のことになんか感動してしまった。そして自然に手を合わせてしまっているオレがいた。そして何故か約10年前に亡くなった祖父ことを思い出していた。
さて、話を変えます。面白かったのは日本のおせち料理のように1年に1回しか食べないフィアンブレという料理を作る。これはスペイン、アラブ、中南米原住民文化がミックスした料理である。ことの始まりはイスラム帝国領だったスペイン地域をスペインが奪回した際のことである。彼らは戦勝祝いをしようと食事を作ろうと思ったのだが、なんと今までその土地がイスラム領だったため彼らが祭りに必要な食材が手に入らない。しょうがないのでとりあえず種類問わずそのへんにある野菜、肉、魚を片っ端から集めて全部混ぜ、味付けして戦勝祝いのパーティーで食べたところ、予想外に美味しかったらしい。それが今も残っているというというのが定説である。

fiamble.JPG

 これがまたなかなかうまかった。味付けは鶏肉ベースの出汁に酢で味付けがしてあるのだが、野菜、肉、魚、ソーセージ、サラミ等とにかく30種類以上入っているので美味しくないはずがない。おかわりをしたかったぐらいだったがお腹一杯でした。アルコールもラム酒を勧められたんだけど頭痛がまだ治っていなかったためちょっと諦めた。今日は禁酒致します。

 2005年11月2日水曜日
  無事帰宅しました
 本日もまた早朝4時起床です。本当は昨日帰るはずだった。しかし久しぶりに親戚に会ったエクトル氏が気をよくしたのか飲みすぎてしまったようで昨夜の帰宅は断念となった。その時間を利用してオレはホヤバフと隣の集落を見てきた。そこで思ったことはここもかなり原住民の文化が濃いということ。普段着ている伝統衣装もこの地域特有のもので本当に美しい。祭りで行っていた馬のパフォーマンスも面白かったがオレはどちらかと言えばこの衣装に目がいっていた。恐らくグアテマラ人の皆さんもさぞかしオレを不思議そうに見ていたに違いない(笑)。まあ悟られないように観察してたけどね♪
 早朝に家を出たこともあり午前中には家について、予定通り仕事に戻ることができた。今週はNGOの仕事が2つ、大学の大切な授業が1つある。こいつの用意が必要なためちょっと頑張らせてもらった。授業の段取りやNGOとのミッションを確認して1日が過ぎた。そして夜には最近日本から来グした農業関係のボランティアの人と食事。彼女はオレの仕事に興味があるらしく見学しに来てくれた。農業が本当の専門でないオレには、彼女のようなしっかりとした理論と経験を学んできた人間と話ができることはかなりありがたい。オレの1年半の技術と経験も生きてくるというものだ。明日明後日と同行して仕事をすることになるが楽しみだ。

 2005年11月3日木曜日
  初心
 朝からNGOの農業技術者であるロレンツォ氏と3人で4つの住民グループを視察した。目的は月曜日に作った肥料の経過、次に行う講習会の確認、それぞれのグループで行っているプロジェクトの進み具合の調査、である。女性グループばかりである今回のプロジェクトはやはりあまりモチベーションが高くなく困ることが多い。今回も1つのグループはなかなか頑張ってくれていたがもう片方はイマイチだった。
 その中でも興味深かったことはやはり同行してくれた日本人ボランティアとロレンツォ氏のやりとりだった。日本で経験がある彼女はやはりいろいろなところが気になるらしく、次々と彼に質問を浴びせていた。これらの指摘は必ずしも日本人のほうが正しいというわけではない。それは農業という分野の難しさである。各地域にそれぞれの手法があり、それらは気候、温度、作物、地形等で常に異なりをみせる。しかしこれらを議論しつつ日本の手法をグアテマラ流にアレンジしながら試していくことは新しい農業手法を生み出すキッカケになりうる。
 今日感じたこと。やはり彼女は新鮮だった。そして真面目だった。どんなことにも恥ずかしがらず質問をしていた。すぐにメモを取って仕事後の夜にチェックを怠らなかった。それに対して1年半経ってしまったオレは明らかに腐敗していた。そして改めて初心に戻る必要性を感じさせられた。やはり慣れというものは恐ろしい。今日彼女が来たことは技術面というよりは精神面で非常に感じるものが大きかった。
posted by mi corazon como el pacifico at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

137→238

 ブログアクセスの結果です。やっぱ先月と比べると倍以上になった。
みんなありがとう!!!これからもシブトク更新していく予定なので宜しくです。

 それにしても頭痛い…。
posted by mi corazon como el pacifico at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日土曜日〜31日月曜日(10月最後の日記)

 2005年10月29日土曜日
  出張料理人
 新しい仕事ができそうだ。ハリケーン後すべての機関が復興活動に従事してしまうと心配していたがやっぱりそんなことはないらしい。たったの半年で仕事を進めなければならなくなるけど諦めませんよ。勝つまでは♪
 グアテマラでよく日本食を作ってあげることが多くなった。もう軽く10回は超えている。でも作るものはいつも決まっている。やっぱり手に入る材料等が少ないから。今日は大学の同僚、エクトル氏の家で料理人なった。メニューは一番作ることが多い「肉じゃがだ」。こいつは比較的材料が手に入りやすいためよく作っている。韓国製の味醂でもうまく味付けができるのも理由の1つだ。あとはグアテマラ人受けがいいのも♪
 結局これらの材料が売っている場所が少ないため、美味しい料理を作ってあげると今度は「売っている店にいっしょに買い物に行こう」と誘われてしまう(笑)。しかしこれらの材料が帰るのはほぼ首都のみ。オレの住んでいるシェラ(ケツァルテナンゴ)にも1つだけ店があり材料が売っているが高いし品揃えが悪い。よって選択肢はいっしょに「首都に行く」、だけである。
 1人暮らしを初めて6年半、人に見せるほどの料理は作れんけど「うまい」と言えるような料理は少し作れるようになった。それにしてもやっぱり雑だね。お客さんがいつも来るような状況を作らないと手抜き料理ばっかりがうまくなってしまう(笑)。

 2005年10月30日日曜日
  Halloween
 起きてパソコンをつける。しかし異様に起動が遅い…ん、電池が消耗している、、、ということは電気がないということだ。寝ぼけていてそこまで気がつくのに時間がかかった。そうだった、今日はハリケーン後の点検と一部復旧作業を行うため午後4時まで電気がなかったんだった。ガッカリしつつもしょうがないので新聞を買いに行く。こいつなら電気があろうがなかろうが関係ない(笑)。
 中央公園に新聞を買いに行ったらなんと高級紙が復活していた。この3週間、2枚の高級紙であるエル・ペリオディコ、シグロ紙がシェラでは売られていなかった。もちろんハリケーンの影響だ。恐らく売り上げと輸送費を考えると採算が立たなかったのだろう。しかしやっと復活!!オレにとってはかなり嬉しい。やっぱり記事に信用があるからね。
 新聞を買っていつもの喫茶店に着くと…やっぱり今日Jazzライブはないそうだ。電力がないのでピアノやマイクは使えないからな。それ以前にコーヒーすら作れない状態になってたんだけどね(笑)。しかしこの後実はマイクなしでやったことが判明。そっちのほうが聞きたかったよ、トホホ…。
 夜はハロウィンパーティーに参加した。オレは日本から持ってきたものを着ていった。しかしなんとカメラを忘れてしまったため一切写真は撮れず…みんなゴメン!!!やっぱ肝心なときに一番必要なものがないっつーのはいつものこと。反省してます(笑)。でもみんなそれなりの変装をしていて面白かったですよ。定番の魔女みたいなのもいたし、フランケンシュタインみたいなのいたしね。でもパーティーには気まずい人が来ていたのでオレはその場でたまたま話したスペイン語勉強中のイングランド人とストリートチルドレンを支援する組織で働いているスウェーデン人と隅っこでずっと話していた。23歳、19歳と若かったけど話していて面白い人だった。それにしてもイングランド英語、やっぱおもしれ♪あの訛り最高っすね。オレは典型的なアメリカ訛りと称されてしまいましたが(笑)。もちろんジャパニッシュ50%の英語です☆☆しかしみんなには意外と褒められることが多いがそれは恐らく滞在期間が短いことが関係しているのだろう。合計4〜5ヶ月程度だからね。その機関はまさに地獄の日々を過ごしたわけですが(汗)。
 実はハロウィンをお祝いしたのは人生初だったりする。けっこう面白かったので来年からはもっと面白いコスプレでも考えよ(笑)。

 2005年10月31日月曜日
  ハリケーン後初の田舎仕事
 早起きした。なぜなら今日はハリケーン後初めての田舎仕事があるからだ。もうできないんじゃないかと心配していたけどしっかり被害を受けていなかった地域もある。まあ約50%が流されたということを考えると半分は大丈夫なわけだから当然といえばそうなる。しかし被害のあった地域を捨て、なかった地域を支援しなければならないのはちょっと罪悪感。しかしそれは仕方ない。オレが今グアテマラにできる最大のことはこの仕事。援助活動ではない。長期的にみてこうすることがやはり一番だとの結論に達した。あとは真っ当するのみである。
 さて、訪れた地域はシェラ市内から30分で着く比較的近い田舎。思ったとおり被害は殆どなくちょっと風でトウモロコシが倒れたぐらいである。今回はとあるNGOの農業普及員といっしょに有機肥料の作り方を教えた。辛かったのはなんと仕事が1つではなく2つに増えていたこと。これは誤算だった。しかししょうがない。なんとか時間をヤリクリしてやり終えた。このNGOは女性グループ支援をしており1つめのグループはあまりやる気なし、もう1つはまあまあといったところだろうか。女性たちはやっぱり普段農業をしないためこういったことには興味を示さないことが多い。こういったグループを選んでしまっているNGOに問題があるわけだが困った話である。しかしオレの目標はNGO職員にこれらの技術を移転することなのであまり心配していない。彼がしっかり勉強して、次のやる気がある集落で力を発揮してくれれば貢献度は高い。しかも19歳と農業高校を卒業したばかりなので育てがいがあるというものだ。
 帰宅した頭が痛い。当初は寝て治そうと思ったけど電話で起こされて今度は眠れなくなった。それで今痛いのを我慢しながら日記書いてる。頭痛薬を飲んだがやっぱりイマイチ。バファリンもあと六錠しかないのでセデスを使っている。偏頭痛25年の歴史を持つオレは頭痛といえばバファリン。ゼデスはダメ。でももう在庫がないのでしょうがない。親に頼まなければならんな…。
posted by mi corazon como el pacifico at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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