就職活動
オレは帰国したら新卒採用で就職活動ができる。これは他の日本のどのボランティアより有利な条件である。しかし残念な事にまずい部分もある。そう、4月までグアテマラ勤務だということだ。よって活動は4ヶ月以上遅れる事になる。まあ仕方ないことなのだが。その埋め合わせをしようと今ちょっと頑張っている。1つはとにかく情報集めをすること、もう1つは就職に有利になるような資格取得だ。他にも秘策があるのですがそれはリーサルウェポンなので最後まで取っておくつもり。
さて、資格取得といってもここでできることは限られている。1つはスペイン語の資格。こっちはDELEというスペインで行われている国際スペイン語検定だ。日本のスペイン語検定は例のごとく外国でスペイン語を覚えた人にはむかない。これは英検と全く同じでこいつに受かっても話せるわけじゃないし実践で使えるものではない。なんでいつも日本という国は無意味な検定など作ったりするのだろうか?持っているのにその言語が実は使えないなんてもっと恥ずかしいことのような気がするが・・・。
ということで今日から始める事にします。目標としてはTOEFLを550、DELEはSuperior(上級)で行きます。なんとか半年で到達できるようM男になって頑張ります。ここで宣言しちゃったもんね♪
今日の地道な就職活動:
TOEFL:記事1枚、Reading練習問題1つ、単語10個
DELE:記事1枚、単語10個
2005年10月4日火曜日
Huraca’n(ハリケーン)参上
今日は朝から雨が降っていた。オレもここに来るまで知らなかったのだが雨季ってのはその日1日中雨が降るのではなく午後、または夕方に降水量が観測される。雨季だからといってずっと雨が降っているわけでない。これはグアテマラだけではなく東南アジアや他の乾季雨季を持つどの国でもいっしょである。
しかし本日に限っては例外。なぜなら台風が来ているからだ。実はこういって日記を書いている今実は電気がない。1日で5回停電した。インターネットもつながらない。そしてなんと携帯の電波までなくなってしまった…。時々入るんだがまたすぐに圏外に。大学も5時半で終わってしまって授業も殆どないに等しかった。学生は喜んでいたがオレはそんな気分にはなれなかった。昔だったら狂喜して喜んだところを…オレもすっかり年寄りになってしまったんだなぁー、と実感しました(笑)。
明日は首都に向かう事になる、果たして4時間半の道のりは大丈夫だろうか?土砂崩れ等で立ち往生になるのは嫌だけどもっとまずいのは土砂崩れに巻き込まれる事。これだけは避けたいが避けられん。明日は仕事で行くだけに断るわけにいかん。だってオレが責任者なんだもん。だから管理職はオレにむかないんだって…。企画としてはなかなか面白いんだけどさ。
今日の地道な就職活動:
停電のため何もできず。3日坊主かと思ったら1日坊主だった…(笑)。
2005年10月5日水曜日
引き続きハリケーンにつき・・・
朝起きたらもっと大変なことになっていた。今度は水が出なくなっていた。電気もないなか頼れるのはガスだけだ。幸いな事に貯蓄してある水が40Lほどあるので死ぬという事はないだろう。雨の中外に出るとみんなが店に押しかけている。買いだめをしているのだ。いよいよ大災害の様相を呈してきた。すでにエルサルバドルでは30人の死者が出ているらしい。オレがつい最近仕事をしたシェラ県のコロンバのほうでも死亡者が出たらしい。皆さんが恐れて買い物をしまくっていたがオレは1週間ほどの保存食を用意しているのでこちらもまた問題ないだろう。
しかし問題は他のところにあった。そう、昨日書いたとおりオレは首都に行かなければならない用事があったのだ。しかしバス停に行く前に新聞を読んだら今日バスは一切動かないとのこと。これは1等級バスだけかと思って歩いてターミナルに行ってみたけど残念ながらだーれもいなかった。いつも無茶をするグアテマラが今日は完全にノックアウトか…。
携帯の電波も電池もないため公衆電話から首都にいる同僚に電話して仕事の遂行が不可能であることを伝えた。そしたらあっちからも「明日は中止だ」との話を聞いて一安心。それにしても10人ぐらい電話してやっと1人に繋がった。やはりどこも停電で使えないのだろうか?ラジオがないオレは新聞以外で情報を収集する方法がない。なんてこったい。新聞では沿岸部のレタウレウ県に政府のレスキュー部隊が向かったとのこと。事態はかなりまずい方向に向かっているのだろうか?
そんなことより自分の家は???といえばさほど心配してはいない。水、食料は十分にある。もしなくなってもアパートの住人とは友人関係であるためお互い助け合うだろう。オレの部屋は幸い2階なので1階が完全に沈まない限りうちに被害が及ぶ心配は皆無。しかも地形上オレのアパートは坂道の天辺に位置しておりそれより下が水没しない限りよほどの事がなければ緊急事態にはなりえないだろう。
さて家の雨漏りにちょっと細工を加えてしばらく持ちこたえられるようにした後オレは一休みすることにした。電気もなく水もない。外に出ても何もない。といえばできることは1つ。そう、読書です。しばらく時間を読書に割くことができていなかったので今日は絶好の読書だ。読書の秋とも言うし…おっとグアテマラには2つしか季節なかったね(笑)。
んで今日読むのはマレーシアのマハティール元首相「アジアから日本への伝言」である。彼はアジア経済危機の際、唯一欧米に逆らった経済政策を実行し成功させた男である。世界の欧米支配に皆が気づいているのにそれに真っ向から批判し、対抗策を立てて成功させた男は彼しかいない。ご存知の通り現在の日本は残念ながらアメリカ追随そのもの。
本を読んでいるとドアをノックする音が。オレはさっき雨漏りを直していたために下はパンツ一枚だった(笑)。慌ててズボンをはいてドアを開けると上の階に住んでいるUNV(国連ボランティア)のスウェーデン人ともう1人知らなかったのだが4階に住んでいるオランダ人らしい。どうやらガスをちょうど切らしてしまったらしい。もちろんうちのコンロを使わせてあげた。困ったときはお互い様ですからね。しかしその後うちのガスタンクを調べてみると残り少ないことに気がついた。さて、ガスが切れてしまったら諦めるしかないな。隣人達が頼んでいたガスが後で届いたので俺もかしてもらうことになるかもしれん。
日も沈みかけてきて(見えないけど・・・笑)いよいよ暗くなってくる。さーロウソクをつけようかな?と思ったらなんと電力復活!!!そんなわけで今日記を書いているところです。あと炊飯器でご飯も炊いています。またいつ電力停止になるかわかりませんがこんな機会なのでことの成り行きを克明に記しておこうと思いました。携帯も充電しなおしたけど恐らく電波がないだろうな。ということでまた明日、電力があれば日記を書きます。なければいよいよ手書きですね。汚い字ですが。
今日の地道な就職活動:
これからやっています。電力があるうちに頑張ってみる予定。
2005年10月6日木曜日
ハリケーンは去ったか?
朝起きると雨脚が弱まっていた。しかし電力復活の道のりは程遠いようだ。昨日も日記を書いた30分後には電力供給がストップしてあえなく「お休みなさい」だった。しかし正午近くなったときついに電気が復活。そしてテレビも復活。しかし携帯の電波はまだのようだ。こっちの普及は場合によっては相当時間を要する事になるかもしれない。
ニュースを見るとグアテマラ全土だけでなくメキシコのチアパスやベラクルス州も被害を受けていることがわかった。ベラクルスやチアパスにも友人がいるのでちょっと大丈夫だろうか…と心配になった。それにしてももっとやばいのはエルサルバドルだろう。もう150人近い死亡者と行方不明者がでている。友人達は生きているだろうか?恐らくヤツらのことだからこんな嵐ごときで死ぬということはありえないと思いますが。ちょっと心配…。
午後になってまた雨が再開。電力が戻ったということは水も戻ってきてほしい。数日間シャワーを浴びてないのでオレの体もちょっと汚い。もちろんこんな不平を言っている間にも近隣諸国ではどんどん命が失われていっているのだ。ワガママは言えんな。命もあるし、ちょっと雨漏りしているけど家もあるし、うまくないけど食事もあるし、水の蓄えもある。グアテマラではチマルテナンゴ県のテクパン市、スチテペケス県、レタルレウ県等が被害を受けている。明日になれば被害の全貌が見えてくるだろうが決してよい結果ではないだろう。数年前にあったニカラグアでの大地震みたいにオレらも援助活動にまわらなければならん事態も考えられるかも。
夜になった。なんと水が一時的に復活。急いでシャワーを浴びてバケツやコップすべてに水を入れた。恐らくまだ雨が止んでいないのでまた必ず電気も水もストップするだろう。電気が復活したため、ニュースを見ることができた。状況はかなり厳しい。オレの住んでいるシェラからグアテマラのパンアメリカンハイウェーは4〜6箇所で土砂崩れが発生し、通行できない状態が続いている。ソロラ、チマルテナンゴ、サンタロサ、エスクイントラ県では死亡者、行方不明者が多発。50名に到達する可能性もある。道路がすべて塞がってしまったことでガソリンや食料等の供給がストップしてしまった。これらの必需品はキチェ県やメキシコ国境から輸送してきているようで明日には届くそうだ。ということでシェラが機能不全に陥る事はもうないだろう。
中米は1998年にハリケーン「ミッチ」の被害にあっている。そのときは9日間雨が降り続いたそうだ。そのときに比べれば今回の被害は大したものではないのだろう。しかしそれだけに海外からの援助も殆どないかもしれない。このニュースは日本で流されているかどうかもわからない。インターネットが復活したらその辺も恐らくわかってくるだろう。
今日電話を使ってみたところJICA事務所にも連絡ができなかった。恐らく電話線も切れてしまった可能性がある。諦めるしかないな。昨日まだ電話が使えるうちに友人に無事を知らせておいたので事務所の人が慌てふためいていることも恐らくないでしょう。まだ雨が降っているみたいですが明日にはすべてが正常に動いてくれることを願ってます。
2005年10月7日金曜日
ハリケーン「Stan」
名前がついていたらしい。それすら知らなかった。朝になって被害の状況がさらに明らかになってきた。どうやら死亡者、行方不明者は200人を超える可能性がある。隣の県であるサン・マルコスでは友人が3人ほど取り残されている。行方不明者は少なくとも50人以上。彼らは大丈夫だろうか?道路は塞がっている。しかもオレの住んでいるケツァルテナンゴ(シェラ)県ですら水が500mlで500円なんていうとんでもない値段がついていた。日本だったらみんな買うだろうけどグアテマラでは高すぎて買えない住民も出てくるだろう。サンマルコスの状況はそれより酷いかもしれない。とにかく電話がつながらない以上どうしようもない。元気でいると信じて頑張るか。
それにしてもやっぱり備えあれば憂いなしですな。ウチはたくさん水、食糧を蓄えておいたので心配はなかった。オレは基本的にグアテマラを信用していないので(おい…笑)常に1週間は生きていけるだけの食料を用意しておいた。唯一の誤算はガスがなくなりそうなこと。まあガスがなくても食べられるモノもあるので心配なし。おかげで法外な値段で食べ物や食料を買いあさる必要性もなかった。
今回一番強く感じたことは「日本は凄い」ということ。雨は3,4日間断続的に降り続いた。それだけでグアテマラは完全機能麻痺。電気、水、道路、携帯の電波、燃料等すべてのものが絶たれた。日本ではこんなことは滅多にないだろう。地震が酷ければ可能性はあろうだろうけど。
CNNやドイツのDWTVなどでもこのハリケーンStanのニュースが流れていた。もしかしたら日本でも報道されているかもしれない?国連の援助も入るそうだ。そしてアメリカやメキシコ、ホンジュラスからヘリコプターが来て救助活動を行っているとのこと。道が土砂崩れで塞がっているため陸路からの救助は不可能らしい。今は天候的に安定しているので救助のチャンスだろう。
新聞が手に入った。大衆紙だ。高級紙は4日以来シェラにはきていない。なぜ大衆紙が到着できて高級紙はダメなのか是非理由を知りたいもんだ。この新聞によると死亡者はすでに134人と書いてある。誤算だ。そして200〜300人の行方不明者がいるとのこと。友人がいる隣のサン・マルコス県のサン・ペドロでは増水で10人が死んだと書いてある。大丈夫だろうか?心配だ・・・。
午後大学に行ってみるとやっぱり閉まっていた。恐らく月曜日にはすべてが大丈夫だろう。夕方になるとなんと携帯の電波が復活した。おかげで何人かの人に安否確認の電話をすることができた。サン・ペドロの友人は無事だったそうだ。彼女に聞いて他の3人も無事であることが判明。さすがはオレの友人だ。こんなハリケーンごときでは死なないっすよね。
夜は今週外に出られなくて殆ど運動をしていなかったせいか妙に気分が高揚していた。そんなわけで遊びにいってみた。しかしクラブに行ったらトンでもない人数。いつも少ないのになんでだろう?と始めは思った。でも理由は明白。どこも土砂崩れで四方八方行くところがない。ので観光客がみんなシェラに閉じ込められてしまったのだ。だったらこんなに集まるわな。明日はグアテマラVSメキシコのW杯予選があるけど早めに席をとっておかないと立ち見になってしまうかもしれんな。



就活中ですかぁ。うちもやってます。もうすぐ終わりそうですが(笑)本とか情報誌とかけっこうあるので情報交換できまっせー!
シュウカツのことなんか聞くかもしれないっす。
活動自体できるかどうか疑問なのですが…。