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2005年12月29日

2005年12月23日金曜日〜25日日曜日(イブからクリスマスまで)

 2005年12月23日金曜日
  Sombrero Negro加入
 仕事がキャンセルになってしまった。これでクリスマス前のミッションはすべて終了。あとはゆっくりイエスキリストが誕生するのを待つだけになった。そんなこともあり今日はラテン音楽では一番のバンドであるSombrero Negro(黒帽子の意味)の家に遊びに行った。実はグループに入らないか?って誘われていたのだ。俺当初のグアテマラ目標はラテン音楽に触れること。ラテンアメリカの楽器を弾くことだった。しかしこんな小さい街でそんなことができるわけがない、とタカをくくっていたオレは痛いしっぺ返しをくった。でもこうやって今もう一度そのチャンスがオレの目の前にやってきた。こいつを見逃すわけにはいかん。
 彼の家はアーティストさながらの家だ。録音機材、ステレオ機材、作曲機材、すべてが揃っている。楽器もヴァイオリン、ピアノ、フルート、サックス、ギターなどのいわゆる楽器と呼ばれるものからアンデスのサンポーヤ、ケナ等のラテン楽器もある。そして驚きなのは彼がその楽器のすべてを弾くことができるというところだ。まさに空いた口が塞がらないとはこのことだ。
 そんな彼はオレのためにチェロの楽譜を作ってくれた。Improvisation(即興)のコツも教えてくれた。なんでこんなに親切なのだろうか?と疑ってしまうほどである。オレなんてただグアテマラに来たちょっとした旅行者みたいなものなのに。オレに親切にすることは彼にとっては何の利益もない。純粋にいっしょに音楽を楽しみたいということなのだろう。ホントに嬉しいことだ。
 そんなわけで今日はいつも聴衆者であるはずのRoyal Parisというレストランで、演奏者側になった。もちろんタダ飯ですよ、これがミュージシャンの特権だ(笑)。みんなはアルコールを口にしているけどオレはそこまでの余裕はない。みんなは酔っ払ってもなんでも弾けるだろうからいいけどオレはそうはいかん♪
 デキは初めてにしてはいいのではないか?仕事として金を取って演奏したのは初めて。レストランでのライブ演奏も初めてのこと。Improvisationは最初こそ戸惑ったもののとにかく音を聞くことだということがわかった。曲を読むのだ。そうすると自然と自分の弾きたい音が頭に浮かんできてそれを気持ちのままに弾く。
 家に帰ってもなんだかわからんがおかしな高揚感のようなものに包まれてあまり眠れなかった。結局起きてしまい、キューバ音楽を聴いてしまった。いよいよ取り付かれてしまったようだ…(笑)。

 2005年12月24日土曜日
  すてきなクリスマスイブ→日付変更→ビックリクリスマス
 今日はイブディナーに2つも招待されていた。1つはオレにチェロを与えてくれた恩人であるメルビン氏、もう1つは同僚で今年は何かとお世話になったメンデス氏である。午前、午後は時間がしっかりあったため招待のお礼として演奏する曲を同居人と練習したり久しぶりに2人でゆっくりと様々なトピックについて話したりしていた。
 夜はまずメルビン宅へ。驚いたのはおじいさんが98歳だったこと。すごかったのは彼の見た目が70代ぐらいだったこと。同居人が「長生きの秘訣はなんですか?」って聞いたら「秘訣を教えてしまったらそれは秘訣にならんだろ?」と切り返されていたところがかなり笑えた。うん、このおじいさんまだ頭もかなり切れるようだ。演奏自体はちょっと明かりが暗くて楽譜が見えなかったりして厳しかった。ま、楽しめたことが一番ですな♪
 夜10時からはメンデス宅へ。こっちはあまりにも金持ちの家過ぎてビビりました。見るからに上流階級っぽい人がたくさん。みんな医者とか会社の社長とかそんなのばっかりだ。まあメンデス氏は薬局、医療器具専門店の社長であり、大学教授。当たり前のことかもしれんな。家もシャンデリアとかあるしヤバすぎ。そんなこともあり家族は本当に親切な人ばっかりだった。
 しかし驚いたのはここからだ。いよいよ日付が25日に変わったとき、ケツァルテナンゴ(シェラ)市のいたるところから花火が打ちあがった。ちょっと数えるのは不可能なぐらいです。爆竹が多かったのがかなり気に障ったがまあ仕方ない。音を楽しむグアテマラ人と解釈するのが無難なところだ(笑)。2階から見たんだけど本当にすごかった。四方八方から花火が上がっているのだ。もちろん騒音として考えてもかなり酷かったといえますが。
 グアテマラ文化?を堪能したあとはまたもやお礼の印として演奏を披露。今度は皆さんの反応もよく喜んでくれた。同居人とやったね♪と思わず握手でした。帰ったのは朝3時でした。つかれた〜〜〜、もうねます…。

 2005年12月25日日曜日
  クリスマスランチ
 眠い目をこすって起きる。うーむ、今日はクリスマスランチを友人宅でやるんだった。とわかっているだけに頑張らねばならん。力を振り絞って野菜の皮をむき始めた。今日の家はアメリカ人でベジタリアンがいるので肉は使えない。魚も使っていいのかわからんのでとりあえずは昆布だしですべてを料理する。10人分を作るのは初めてじゃないけどやっぱり疲れる。途中で同居人は起きてきたけど無理をして手伝わせなかった。やっぱり悪いからね。
 時間どーりに着くと颯爽と用意を始めた。彼らの食事もちゃくちゃくと進んでいるようでいい匂いがしてきた。一方ではターキーを丸焼きにしていた。これもクリスマスならでわだ。オレはクリスマスには似合わない日本食を作り終えてみんなと談笑。できた食事は庭に持っていて野外でのお食事。クリスマスとはとても思えない。
 食事は本当に美味しかった。ターキーもオレが一番食べたのではないか?と思うぐらいご馳走になった。弦が切れるというハプニングはあったものの楽器も演奏した。喜んでもらえた。これはありがたいことだ。しかしなんともしっくりこなかった。やっぱりオレは日本人なのだ。異文化に適用しようとしてもできない部分がある。見てる人にはわかるようで「みんなの話している英語わかる?」と聞かれてしまった。これは「理解をしているか?」という意味だけではなく「エンジョイしているか?」という意味だったはず。確かに英語がすべて聞けていないというのは本当にのこと。でもやっぱりそれだけではないだろう。何かこう引っかかるものがあるのだ。
 でもそんなことを気にしてもしょうがない。誰にでもあるに決まっているのだ。むしろ無いように見せるほうが疲れるだろう。あるならあるなりに接したらいいと思う。終わって帰ってなんとなく腑に落ちなかったオレはベットの中でそう結論づけて眠りに落ちた。

almuerzo.JPG nacimiento.JPG

25日のクリスマスランチ。右の写真はキリスト生誕を風船で描いたもの。やっぱ彼才能あるね。うまく出来ていると思いませんか?
posted by mi corazon como el pacifico at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

去年とは真反対

同じグアテマラでも全く違うクリスマスを送っている。去年は我が街シェラ(ケツァルテナンゴ)を離れて30日まで仕事をしていた。しかし今年は地元に残って地元の人たちとクリスマスを過ごすのだ。1年半の集大成がここにあるような気がする。あと3ヶ月か、4ヶ月か、わからないけど満喫させて頂きます。
posted by mi corazon como el pacifico at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日火曜日〜22日木曜日(クリスマスコンサート)

 2005年12月20日火曜日
  練習、そしてひたすら鍛錬…
 今日はマジで大変だった。合計7時間ぐらい練習しましたよ。そして指はボロボロ、スピーカを昨日運んだ腕は筋肉痛。その疲れた腕を使っての演奏はさらにオレを疲れさせた。でもその疲労を感じさせないぐらい楽しかった。
 リハーサルに行くと30人ぐらいの弦楽奏者が来ていた。中にはメキシコから来ているプロのヴァイオリン奏者もいた。面白かったのはコンサートマスターだ。こいつの顔はまさに石原良純だ。似すぎて怖いぐらいだ(笑)。グアテマラ人のルーツはアジア人だから男の人は特に友人と顔が似ていることがよくある。
 その石原先生の指導でリハーサルを行った。子供達の弦楽合奏団なのでなんか昔を思い出すようだ。しかもみんながオレのことを「先生」と呼ぶのにはちょっとまいった。ここにいるとどこにいってもそういった敬称をつけられることが多い。あまり好きでないだけにやっぱり名前で呼んでほしいですね。ここでお願いしても全く意味ないけどね。
 演奏のデキ自体はまあまあといったころでしょうか?

 2005年12月21日水曜日
  クリスマスコンサート
 朝起きたら直ぐに練習開始。そっから9時半まで1人で練習したあと今度はチェロパートで2時間ぐらい。そしてリハーサルと…合計7時間半ほどチェロを弾いたことになるな。昨日も合わせると13時間ほど弾いたことになるな…。笑ねぇ〜、なんてったって指は痛い、胸はチェロダコができた。でもあまりにも久しぶりなため本当に楽しかった。
 決してうまいオーケストラではなく、コンマスも石原良純だけど(笑)なんといってもラテンの明るさを持っている弦楽合奏団だった。お客さんも500人入るホールに400人ほど来てくれたと思う。最後はデキが微妙だったにも拘らずスタンディングオベーション。予想外のアンコールが出る始末。どいつもこいつも含めて面白かった。
 打ち上げのときはいろいろんな人と話ができた。フルートを8年やっている人。オレたちの街ケツァルテナンゴに飽き足らずメキシコのトルーカで演奏をしているヴァイオリン奏者等、こんな小さな1都市にここまでのアーティストがいるとは知りもしなかった(笑)。もう2年近くこの街にいるというのにまだ知らないことがあったとは。
 さて、せっかく手に入ったチェロだ。しっかりと利用させてもらおう。ということで悪巧みは明日から始まります。お休み期間を利用してしっかりと用意させていただきます♪

 2005年12月22日木曜日
  そして今日も…
 朝から同居人がフッかけてきた。「クリスマスソングをやってみんなを驚かせない?」確かにいいアイデアだ。何しろラッキーなことに楽譜が手に入ってしまった。チェロパートだけだがそっからスケールを音で探してハーモニーをチャチャっとつければ簡単なクリスマスソングなら様になるはず。ということで40分ほどの間に3,4曲を無理やり完成させた。昨日とは打って変わってこのリハーサルの少なさ。さすがはジャズ奏者だ。恐るべし。即興とはこーゆーことなんだな。しっかりと学ばせてもらうぞ♪
 午後はミーティングがあった。2週間前に行ってきた首都で上司と話し合った内容について副学長と今度新しくできる学科の学科長に詳しく話した。大学の中央集権化を進めたいというのがオレと上司の狙いだ。こいつをすることでプロジェクトの責任感、一体感、組織化が生まれる。お互いの監視ってもんがあるからだ。もちろんグアテマラだからそんなモンがあっても変わらねーだろ?と言いたいかもしれんけど現状よりはマシになると思う。何しろオレがどんな仕事をするのも容認してしまうような状況はやっぱりありえない。まあ、オカゲサマでオレがいろいろな経験を積むことができたのでこの状況には感謝しなきゃならんのだけどね(笑)。
 さて仕事が終わって夜。ジャズのライブコンサートに殴りこみをしてクリスマスソングをやりました。楽しかった〜。みんな喜んでくれたし、なんといってもサプライズでやれたのがよかった。その後即興でなんかクラシックの曲をやってといわれてそっちは想定外でしたがまあ、楽しめたのでそれもヨシということで。
 明日はさらに踏み込ませてもらいます。
高校生以来だな、ここまで音楽を楽しいと思ったのは♪
さて写真男は誰でしょう?yasu con cello.JPG 控え室のフォトでした♪
posted by mi corazon como el pacifico at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

☆ご招待☆

地球の裏側ですが是非ご来場ください。 concierto.JPG なんてね♪
posted by mi corazon como el pacifico at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日土曜日〜19日月曜日

 2005年12月17日土曜日
  復興の行方
 こっちの仕事はなかなか難しくなってきた。何しろ自分が考えていた方向には進まないことだけは確かだ。NGO側の知識と経験不足もかなり尾を引いている。自分の友人が運営に携わっているだけに断るのは辛いが、ダメなときはしっかりダメと言わせてもらいます。それが仕事ってもんです。こんなことを考えているとやっぱり仕事場で親友を作るのは不可能に近いかもな。なんて今日は思ってしまった。
 何が難しいのかといえばそれはやっぱり受け取る側の態度でもある。災害が起こったところというのは当然援助がなければやっていけない。しかし援助があり過ぎると援助慣れをしてしまい住民のモチベーションが消えてしまう。恐らくなんでももらえると思い楽な方向に走るのだろう。どこまで困窮しても人間は楽なほうへ向いてしまうというのは…なかなか難しいものだ。今日の場所も同じこと。どんなに用意をしてくれ、と言ってもやっぱりしてくれない。近くにある他の地域よりマシだとは思ったけどやはり厳しいように思う。正直話し合い自体は進んだのだがこのプロジェクトは非常に心配だ。援助する側も初心者が運営しているため説明してもどうにもならん部分がある。はぁー。。。グアテマラに来てこういった現場を一体何回みたのだろうか・・・。

 2005年12月18日日曜日
  残り少ないなかで…
 もし帰国が早まるとしたら本当に残されたときは少ない。この僅かな時間を有効に活かしたい。だから本当にやることを絞ることにした。どう考えても今やりたいことが全部できるとはオレには思えない。これだけは確かだ。できない目標を作ろうとは思わない。なんとか残されたときを1分も無駄にせず使いたいと思う。まずは「これだけはやる!」と決めたものをこなすことだけを考える予定。
あー、毎日時間がない〜と思いながらも無碍に時を過ごしてしまうオレは…。誰か教えてくれ、どうしたら会社の社長みたいに分刻みのスケジュールをこなせるのか(笑)。

 2005年12月19日月曜日
  突然の誘い
 ほぼ仕事納めといったところか?今週はミーティングこそあるものの大掛かりな仕事はもうない。去年とは大違いだ。まあ台風の影響等もあるのだろう。今日の話し合いも1時間半と短いものですぐに終わった。まあすべては来年の2ヶ月間にかかっているな。この仕事が終わったらオレは晴れて帰国となる。
 正直不安はある。それを隠す気はない。でも同居人の彼も同じ不安を抱えていた。彼は弁護士業を15年間。それを辞めてここに来ている。39歳というとこれからの人生を本当にどうしなければいけないか、これを考えないわけにはいかない時期である。そう思うとオレはまだマシなほうかもしれない。多くの選択肢があるしまだ余裕もある、もちろん彼と比べればの話だけど。
 一生音楽をやりながら暮らすってのも1つのいい人生だと思う。実際それを聞いて幸せだと思ってくれる人がいるから。会社でバリバリ働くのもいいと思う。でもオレには他にやりたいことがある。今それに向かって経験を積むだけだ。
 さて、題名の通り夜中の11時ごろ突然電話がかかってきた。何かと思ったらオレの名前を知っている。そしてオレがチェロを弾くことを知っていた。そしてお願いというのは「明後日行われるクリスマスコンサートに出演してくれんか?」ということだった。
 うーん、正直チェロが弾けることは狂喜するぐらい嬉しいが、準備期間がたったの1日だとすると…。しかし断る理由はない。何しろ1年半ぶりの再会なのだ。これは譲れない。ということで明日がマジで楽しみになってきた!!!
posted by mi corazon como el pacifico at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日土曜日〜19日月曜日

 2005年12月17日土曜日
  復興の行方
 こっちの仕事はなかなか難しくなってきた。何しろ自分が考えていた方向には進まないことだけは確かだ。NGO側の知識と経験不足もかなり尾を引いている。自分の友人が運営に携わっているだけに断るのは辛いが、ダメなときはしっかりダメと言わせてもらいます。それが仕事ってもんです。こんなことを考えているとやっぱり仕事場で親友を作るのは不可能に近いかもな。なんて今日は思ってしまった。
 何が難しいのかといえばそれはやっぱり受け取る側の態度でもある。災害が起こったところというのは当然援助がなければやっていけない。しかし援助があり過ぎると援助慣れをしてしまい住民のモチベーションが消えてしまう。恐らくなんでももらえると思い楽な方向に走るのだろう。どこまで困窮しても人間は楽なほうへ向いてしまうというのは…なかなか難しいものだ。今日の場所も同じこと。どんなに用意をしてくれ、と言ってもやっぱりしてくれない。近くにある他の地域よりマシだとは思ったけどやはり厳しいように思う。正直話し合い自体は進んだのだがこのプロジェクトは非常に心配だ。援助する側も初心者が運営しているため説明してもどうにもならん部分がある。はぁー。。。グアテマラに来てこういった現場を一体何回みたのだろうか・・・。

 2005年12月18日日曜日
  残り少ないなかで…
 もし帰国が早まるとしたら本当に残されたときは少ない。この僅かな時間を有効に活かしたい。だから本当にやることを絞ることにした。どう考えても今やりたいことが全部できるとはオレには思えない。これだけは確かだ。できない目標を作ろうとは思わない。なんとか残されたときを1分も無駄にせず使いたいと思う。まずは「これだけはやる!」と決めたものをこなすことだけを考える予定。
あー、毎日時間がない〜と思いながらも無碍に時を過ごしてしまうオレは…。誰か教えてくれ、どうしたら会社の社長みたいに分刻みのスケジュールをこなせるのか(笑)。

 2005年12月19日月曜日
  突然の誘い
 ほぼ仕事納めといったところか?今週はミーティングこそあるものの大掛かりな仕事はもうない。去年とは大違いだ。まあ台風の影響等もあるのだろう。今日の話し合いも1時間半と短いものですぐに終わった。まあすべては来年の2ヶ月間にかかっているな。この仕事が終わったらオレは晴れて帰国となる。
 正直不安はある。それを隠す気はない。でも同居人の彼も同じ不安を抱えていた。彼は弁護士業を15年間。それを辞めてここに来ている。39歳というとこれからの人生を本当にどうしなければいけないか、これを考えないわけにはいかない時期である。そう思うとオレはまだマシなほうかもしれない。多くの選択肢があるしまだ余裕もある、もちろん彼と比べればの話だけど。
 一生音楽をやりながら暮らすってのも1つのいい人生だと思う。実際それを聞いて幸せだと思ってくれる人がいるから。会社でバリバリ働くのもいいと思う。でもオレには他にやりたいことがある。今それに向かって経験を積むだけだ。
 さて、題名の通り夜中の11時ごろ突然電話がかかってきた。何かと思ったらオレの名前を知っている。そしてオレがチェロを弾くことを知っていた。そしてお願いというのは「明後日行われるクリスマスコンサートに出演してくれんか?」ということだった。
 うーん、正直チェロが弾けることは狂喜するぐらい嬉しいが、準備期間がたったの1日だとすると…。しかし断る理由はない。何しろ1年半ぶりの再会なのだ。これは譲れない。ということで明日がマジで楽しみになってきた!!!
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2005年12月20日

今日の写真は

feria de toto.JPG

隣県のトトニカパン県であったお祭りの写真。各学校がパレードで街をまわるんだよね。
でもみんな同じようなもので最後には飽きてしまいます(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 07:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日水曜日〜16日金曜日

 2005年12月14日水曜日
  バスの中の7時間半
 昨夜は事務所のパソコン修理をお願いされて結局朝6時になってしまった。パソコンのことがわかるってことを教えるのはよくないな…。もう二度と手伝わないよ、オレ。これで1週間連続の3時間睡眠。
 それでもいい仕事ができた後はゆっくりバスで帰ればいいや、なんて思っていたのが大間違い。まずバスターミナルの位置が変わっていたことを知らず危険なグアテマラシティー第1地区を徒歩で移動することに。12月の犯罪の多いなか1年半の経験を最大限に利用して危ないこともなくなんとかバスターミナルに到着。しかしここからがまた大変だった。乗ったバスは初めにパンク。その後エンジン故障で3時間立ち往生。その間バスの中で本を読みながらゆっくりしていた。後はしっかり睡眠不足解消のため寝ていました。そんな中で12時に発車したバスは夜7時半にこちらに着いた。実に7時間半の行程である。
 疲れた体にムチを打って今度は友人の演奏会に赴いた。今日はグアテマラ伝統楽器マリンバとJazzのコラボ。ちょっとピアノの音の調整を間違ったのか小さくて聞こえづらかったこと以外は言うことナシのデキでしたね。頭痛薬を飲んで演奏会に行くヤツもよっぽどのバカだろうけどやりました。その後は打ち上げで飲みにいったけど今度は腹痛に襲われてあえなく撃沈。やっぱり久しぶりに酷使した自分の体はもう限界に達していた。ということで今はもう家にいます。お休みなさい(笑)。Zzzzz…..

 2005年12月15日木曜日
  サルサ教室で…
 仕事が2時で完全に終わった。んで同居人がサルサを習いたいということで知り合いのサルサ教室に連れていくことに。今日用事で来ていた日本人もいっしょに2週間ぶりに遊びの訪れた。オレは彼女達ともう親友なので別にお金を払って踊る必要はない。というより結局教える側にまわらされるのだ(笑)。ま、それはそれで面白いんだけど。
 無事そいつが終わった後ちょっと踊った人たちと話していると1人のイギリス人と仲良くなった。その後同居人がジャズライブをレストランでやるというのでそれに誘って4人でアルバマールというこのシェラでは有名なチェーン店(みたいな?違うか??)に赴いた。困ったのはその人はあまりスペイン語が話せなかったこと。オレはよかったんだけどもう1人の日本人は英語できん。そうなるとオレが通訳ということになり…。が、彼女はマンチェスター出身だったので英語の訛りがかなり酷い。ヒドイというのは失礼だが本当に違うのだ。スコットランドの英語はアメリカ人でもコミュニケーションが難しい。オレは1回話したことあるが、おおよそネイティブの英語とは思えず「どこの人ですか?」と聞いてしまったぐらいだ(笑)。
 彼女の場合はいちおーイングランドの範囲内なのでまあ大丈夫ではあったがとにかく聞きづらかったことは言うまでもない。ただでさえうまくない英語なのに今日はけっこう疲れた。でも収穫は彼女がとてもいい人ですぐに友人なれたことだ。これから最低でも2ヶ月いるそうなのでいっしょに遊べたりしたらいいな。29歳だけど目が大きくて美人。同居人は39歳で独身なので紹介してあげるか♪

 2005年12月16日金曜日
  同居人に刺激されて
 オレといっしょに先週から住み始めた男がいる。彼といっしょにいると本当に刺激が多い。彼の凄いと思うところはやっぱり行動力だ。本当に自分が今やりたいと思っていることを一生懸命やっている。それは残された時間が少ないからだが、それは言い訳にはならない。オレもイングランドやアメリカにいたときはそうだった。1日たりとも無駄にしなかった。それに比べて今は本当にダレたと思う。やはり慣れというものは恐ろしい。本当は1日1日がとても貴重なはずなのにそれに気がつかない、または忘れてしまっている。
 彼といることでそれを再び思い出した。本当に1日を楽しくしかも有意義に過ごしている。オレもこれだけは捨てられんな。本当は自分の十八番だったはずのものをしっかり彼に取られている。ちょっと迷ったこともあったけど彼をうちに呼んだことは間違いではなかった。新鮮な自分に戻ることができたように思う。そんなわけで今日から、いや今から絶対彼には負けん。
posted by mi corazon como el pacifico at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

休み

今日はミーティング1つ以外は完全休暇です。楽器弾いたりサルサ踊ったりして過ごします。
お腹痛いけれども何かに夢中なときって忘れられるのが不思議なもんだ。

DSC00167.JPG

さて本日の写真はオレの大学の入り口。ここで働いています。Universidadってのが大学って意味です。英語と似ているでしょう?だからヤツらは英語できなきゃおかしいと思うのだが…そうはいかんらしい。実際スペイン人ラテン人はオレが昔イングランドいたとき、すぐに英語うまくなってたけどね。
posted by mi corazon como el pacifico at 03:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日日曜日〜13日火曜日

 2005年12月11日日曜日
  久しぶりの同居人
 宇都宮に住んでいるときは3人ぐらいといっしょに暮らしたことがある。もちろん同時じゃないんですけど。昨日から友人がここ住むことになった。彼はワシントンで弁護士をやっている方だ。頭がいいからか知らないがとにかく話がうまくて面白い。ジョークも絶妙でいっしょにいるとホント楽しい。だからウチに住むことになったのだがそれも1ヶ月。彼も帰ってまた弁護士業に戻るからだ。ここに来る前は特許系を取り扱う弁護士だったらしいが今度は移民等の問題に挑戦したいらしい。それがこの中南米に来た理由でもあるのだろう。やっぱり人の役に立つ仕事がしたいとのこと。偉いなぁ…。オレはまだ一人前には程遠い。
 今日泊まりに来ていた日本人の友達とJazzを聞きにいった。彼のクラリネットはもちろん今日のショーは本当に素晴らしかった。笑顔で楽器を弾くっていいねー。友人も大満足で帰宅しました。帰ってからちょっと頑張って勉強しようと思ったけど力がでない…。明日にすべてをかけますよ。死ぬ気でやれば絶対終わる、間違いない(自己洗脳か…)。

2005年12月12日月曜日
  久しぶりに死ぬほど頑張ってみた
 やっぱ気合があれば人間なんとかなるんだなぁ〜、思ってしまった(笑)。結局寝ないでそのまま朝をむかえた。その後もずっと午後の4時までパソコンと対峙し続けた結果なんとか終わらせることができた。午後5時からはそれをオレの同僚に見せてああだ、こうだと議論。8時半ごろにやっとそれも終わった。
 その後は今日ここに来ていた友人といっしょに日本食を作って同僚の家族にご馳走してあげた。まあまあうまくいったというところだろうか?それにしても10人分を作ったのは初めてだったので分量の難しさにはまいった。給食とか作っている栄養士の皆さんはもっと大変なんだろうなぁ…って思いました。もちろん初めから決められた量を入れるだけなんでしょうが。
 久しぶりに日本の研究室を思わせるような仕事ぶりだった。また帰ったらそれをやらなければならない。うーむ、ここに住んでいることは楽しい。しかし将来の自分を考えたらやっぱりこれじゃダメだと思う。人間いろんな生き方があってそれは自分自身が決めること。気の合う友達と一生幸せに過ごすのものあり、理想を求めて人のために生きるのもやっぱり1つのやり方。だからオレも俺らしくやりたいと思う。やっぱりまだ自分だけのために生きるのは勿体無い。それはまだ後からでも出来るはず。今は辛いことを笑って引き受け頑張ることが必要だと思う。

 2005年12月13日火曜日
  上司との4時間半
 早朝から首都へむかった。最近首都で邦人被害が相次いでいる。JICA事務所の前でも友人が強盗にやられて600ドルをそっくり奪われた。マクドナルドでは他の日本人2人がバックを盗まれた。クリスマス近くなると犯罪が多くなるというが、それは仕方ないことなのかもしれんな。なるべく首都には近づきたくないが今月はもう一度行かなければならん。
 今日はこの前キャンセルになった上司との話し合いだった。夕方からだったけど話し込んでしまい結局午後11時いってしまった。仕事だけの話じゃなくて本当にさまざまな問題について話し合えた。オレの就職、援助について国際協力のこと、日本のこと、グアテマラの農業問題等、非常に建設的な話ができたと思う。彼は団塊世代といわれる歳でオレとは30歳以上の差がある。会社役員をやっていたぐらいの人間とここまでゆっくり話ができるのは本当に有り難いことだと思う。彼らは日本の奇跡的な経済成長を支えた人々である。今の状況はもちろんその時と違っているのはわかっているが、何かの形でそれを次世代に残したいという気持ちがすごくわかった。オレも役に立つ部分は大いに利用していきたいと思っている。
posted by mi corazon como el pacifico at 03:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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