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2005年12月12日

2005年12月9日金曜日、10日土曜日

 2005年12月9日金曜日
  案件探しという仕事
 午後からミーティングがあった。大学側が新しい日本人のボランティアを要請できないか?とオレにふっかけてきたからだ。内容としてはGPSの専門家を呼びたいとのこと。この大学に新しい学部ができる。その中に地理、地形学を専門的の授業があるのだ。しかし教える教授陣の力が余りにもなさすぎる。オランダの援助で始まったこのプロジェクトは資金的なものはしっかりしているが技術移転がしっかりしていない。JICAのボランティアは技術移転を主目的で派遣を行っているのでこの案件非常に有効だと思う。オレが一銭もお金を出さなかったから「ボランティアは金ヅル」と観念も少しは減ったはず。
 今日の話だと恐らくとりあえず上司の話を持ちかけることはできそうだ。幸いなことに来週の火曜日は首都に行って彼とミーティングの約束なのでちょうどいい。まあ、他の用意もしなければならないのでそっちはヤバイのですがね(笑)。でもこの案件も注意して話を進める。何しろオレはここに来たとき書いてあった要請書と現実が100%違っていた。次に来る人に同じ思いはさせたくない。オレはこういった性格なのでそれを利用してとても楽しく仕事をさせてもらっているが普通の日本人はこういったことが得意ではないことが多い。
 さて、今夜は友人が帰ってきてまた演奏がある。行ってきます。

2005年12月10日土曜日
  仕事またもや進まず
 土曜出勤ということで朝7時に起きてまたハリケーン被災地へと赴いた。しかし今日はなかなか酷かった。先週お願いしたことを全くやってくれてなかったばかりか人も集まらなかった。まあ、よくあることなんで慣れてしまった本当に失礼ではあると思う。人にお願いをしておいて来ないというのは日本だったらもう二度と一緒に仕事をしてもらえないだろう。
 被災者の辛さは理解できる。電気もガスもなく水は近くの川から汲んでくるか援助物資のミネラルウォーターしかない。夜は0度近くまで下がるのに未だに住んでいるところはトタン屋根で作ったプレハブより壁が薄い小屋。土地も金もないなか、やはり頼れるのは援助以外にない。でもだからこそ頑張ってほしいと思う。やる気を見せてこっちの気を引くぐらいの気持ちがあっていいと思う。しかしそうはやっぱりいかない。ここが途上国の難しい部分だと思う。

agua potable.JPG

 写真は1ヵ月半前に行った被災地。なんともう水の供給まで進んでいた。しかしまだま多くの問題がある。彼らが楽しく通常の生活が送れるようになるまでは数年かかってしまうかもしれない。
posted by mi corazon como el pacifico at 05:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月09日

友人の忠告より

最近マナウス(ブラジル)にいる親友から
「もっと写真を載せろ〜!」
と言われたのでそのとーりにすることにしました。やっぱ読みやすくなるモンね♪


今日の写真は先日行った講座の宣伝ポスターです。

rotulo.JPG

もちろんこれはオレがやったんじゃありません。なんか地方テレビまで使って宣伝してくれたみたいですよ。そのわりに集まりは悪かったようですが(笑)。
posted by mi corazon como el pacifico at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月6日火曜日〜8日木曜日

 2005年12月6日火曜日
  日本へ帰ること
 上司と話をして来週の火曜日にミーティングをすることになった。目的は3つほどある。1つはオレの仕事である大学改革に関して。2つ目は新しい案件に関して。最後は帰国日程について。どれも重要な話題であり上司が変わったおかげでかなり親身に話を聞いてくれる。そして彼がオレのやってることに興味を抱いていることが一番有り難いことである。
さて今日の話題に移ると・・・実は早く日本に帰りたいと考えている。それはグアテマラがつまらないわけじゃない。仕事もハリケーン後いろいろあったが完全に全部がつぶれてしまったわけじゃない。しっかり充実もしている。ここ最近の書き物が終わればまた外仕事で楽しみにしているぐらいだ。プライベートも多くの親しい友人たちがいる。彼らと過ごすのは本当に楽しい。正直言わせてもらえば彼らと別れるのは辛い。
しかしやはり帰る必要がある。ここにいる限りオレの頭の歯車はゆっくりのままだし成長は遅い。来た当初から今まで本当に学ぶことが多かったが、現在はもう課題が浮き彫り。そう、もう帰って勉強する時だと思うからだ。このままここに残って仕事をしていたらどんなに楽しいだろう。毎日気の合う友人たちと踊ったり音楽ジャムったり…。でも将来の自分のことを考えたらそうはいかん。もっと今やらなければならないことがあるはずだ。
それは今グアテマラにない。日本にある。だから帰りたい。あえて辛いところに踏み込みたいのだ。マンネリというものは恐ろしい。自分を成長させたかったらやはり追い詰めるしかオレに限っては策がない。自分のことは自分がよく知っているはず。
帰国が決まったらメールします。

 2005年12月7日水曜日
怪しいレストラン
昨日開店したらしいカラオケバーっぽい?レストランに行ってきた。こいつはいつも行くようなお洒落なバーやレストランではなく100%グアテマラ人のおっさん、おばさんが集うレストランである。
内装は面白いことにマリリンモンローの写真がそこらじゅうに飾ってある。これはオーナーの趣味なのだろうか?舞台が設けられているのだがそこでお客さんが歌ったりオーナーさんが歌ったりしていた。カラオケみたいに歌う時とギター等の楽器を用いて演奏する場合もあった。しかしわざわざギターを持ってきて演奏とはいったいどーゆーことだろうか???こいつはサクラかなんかだろう。恐らく。
それにしてもグアテマラっぽい演歌チックなラテン音楽は面白い。カントリーミュージックもそうだがなんでこの年代の音楽はみんな似ているのだろう。聞いてて笑えてくる。ポーズまで似ているともう笑いが堪えられん(笑)(笑)。
後から考えたら旅館かなんかの宴会会場みたいなもんかな?おじさんおばさんが思い思いの歌を歌って盛り上がってる光景を考えるとなんとなくそう思った。

 2005年12月8日木曜日
  進み具合は…
 スペイン語の資料作りは骨が折れる。単語1つも間違えられないので辞書でチェックしながらの作業。いくら発音ができてもアクセントとか同じ発音でも2通りの書き方があったりするとそれもまたいちいち確認。ふー、まいった。なんとか1つ終わったがまだあと4つあるのだ。月曜日まで本当にどーにかなるのだろうか…(笑)。
 副学部長のヘスス氏に会って明日のミーティング前打ち合わせをした。こいつは来週上司に会う手土産としなければならんので重要だ。オマエらしっかり働けよー。アンタらが頑張らなきゃオレがいろいろやってもの何の意味もない。ついでに月曜にまた出張料理人となることが決定。ヘスス一家のメシを作るのか。楽しみではあるが大変そうだ。
 その後は壊れた靴を直したりアメリカから帰ってきたPeace Corps.の友人に会ってサンクスギビングの土産話を聞いたりした。オレも休みなんだからそれっぽくやらんとな。なんかいつも変な仕事を入れてしまっているような気がする。しっかり旅行もするべきだな。まだ行きたいところもあるわけだし。

viveres.JPG
 今日の写真はハリケーン被災者に食料を配っているところ。ここでNGOの同僚が携帯電話を盗まれてしまったんだよね。食料をもらいにきて尚且つ盗みを働くとは…貧しいとは難しい、本当に。
posted by mi corazon como el pacifico at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月07日

寒くなってきた

去年の今頃を思い出した。霜が降りて野菜がダメになったりとか、田舎の物置で一晩を越して寒さで死に掛けたりとか…。今年はそういったことは恐らくなさそう。冷害はあると思うけどその前にハリケーンでいっぱいやられましたし。
去年と打って変わってオレは書類に追われる毎日です。でも我慢我慢。こんな時期も必要だと思います。1月からはガッツリまた働くはず。今月の力仕事は少なめに抑えておきます。
posted by mi corazon como el pacifico at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月1日木曜日〜5日月曜日(師走となりまして…)

 2005年12月1日木曜日
  師走になってしもーた
 午前中に残った大学との仕事を手っ取り早く片付けて親友とランチ。元ここで働いていたレイナルド氏だ。彼は博士を取るために仕事を休んでいる。彼がもし残るならこの大学もいろいろな可能性があったと思うが…今ここに的確な人材は残念ながら存在しない。しかし彼が帰ってきてからはさらに大きな可能性が出てくるはずだ。それまでどうするか?が問題ですな。
 家に帰ったら6時半。3日間浴びてなかったシャワーを浴びてスッキリ。こうやってパソコンに向かっている。それにしても時間がない。でもいろいろ追い詰めてデットラインを自分で作り仕事を進めていこう。そうしないと何も先に進まないだろう。とにかく12月でなんとか仕事に区切りをつけるのだ。それができなければ後で本当に面倒なことになるだろうから…。

 2005年12月2日金曜日
  オレと配属先
 午前中から農学部長と話し合いがあった。内容は新規にボランティアを派遣したいという要望があったのでそれについての概要。もう1つはオレのインタビューを大学の機関誌に載せたいということだった。この1年半大学で働いてきて今頃になってインタビューというのも遅すぎる気がするが、これから来るかもしれない日本のボランティアにとってはなんかの宣伝になるだろう。逆効果の可能性もあるけどね、なにしろオレが言うことですから(笑)。
 でもそんとき思ってしまった。オレは大学でどういった存在だと思われていたのだろうか?1人の先生として扱われていたのか?それともただのお客さんとして扱いなのだろうか?両方感じることがある。疎外感を感じるときもあれば親近感を感じる瞬間もある。こんなこと考えてもしゃーないんだけどね。いい印象であってほしいとは思うけどさ…。

 2005年12月3日土曜日
  びっくりグアテマラ製品
 昨夜いろいろあってサルサを踊ったらなんと靴底が外れてしまった。殆ど使っていない革靴だったのにあっという間に壊れてしまった。やっぱり作り方が雑なんだなぁ〜、と思ってしまった。個人的にはここまで靴が酷いことになってしまった記憶はない。しかも1回のイベントだけでこんなになっちまうとは…。
 気を取り直して今日は土曜日を満喫した。友人とインド料理を食べたり、ゆっくりJazzライブを美味しいコーヒーといっしょに飲んだり聞いたり…。そうそうクラリネットを吹いていたマーティーは今度うちに住むことになるかもしれない。まだ決まってないんだけどこれは来週までのお楽しみ。とても紳士な人物でジョークが面白いのでもし彼が来てくれるというなら喜んで向かえなければ。

 2005年12月4日日曜日
  ハリケーン後の復興状況
 今日はちょっと真面目なことを書こう。すでにハリケーンの被害については飽きるほど記したので今度は復興のことを。本日訪れたのはソロラ県のある集落。ここの住民達はハリケーンで自分の集落が完全に破壊され、地元を捨ててここに移り住んだ(政府が提供した)。もう1ヶ月以上経った今現状はどうなのだろう?それを知りたくてオレはここに来た。
1ヶ月前に訪れたとき、ここはまだビニールの屋根で暮らしていた。しかし今はUSAIDの援助でトタン屋根でしっかりとした材木を使った家ができ始めている。少しは復興が進んでいるようだ…と思ったのもやはり見た目だけ。肝心な部分はちっとも進んでいなかった。オレは農業支援を考えてここに来た。しかし住民と話しているとトンでもない状況に陥っていることが判明した。それは土地不足である。1家族に割り当てられた畑はたったの400u(20m*20m)。これじゃー1年を生きるために必要な作物の確保はいくら頑張っても不可能に近い。どんなに援助が入っても同じことだ。こんな根本的なことを解決できんとは一体どーゆーことなのか…。政府も話しにならん。
来週またここを訪れることになったがなかなか厳しい。土地がない以上オレはどう援助をしたらいいかわからん。しかしお願いされているNGOは仲良しなのでお断りするのもなかなか難しいものがある。休日主体で活動しているだけあり、いい仕事ならお手伝いすることも可能なのだが…それにしても状況が状況なだけにね。

DSC00029.JPG after.JPG
写真を見ればわかると思うが家だけは改善されました(左が1ヶ月前、右が現在)。

 2005年12月5日月曜日
  ドキュメント作成日
 前々からお願いされているドキュメントを作り始めた。とにかく時間のかかる作業である。オレのスペイン語も含めていろいろ表現等も難しい。でも完成すれば今度は皆さんに配る分を全部コピーして配布しなければならない。これはこれでまた骨が折れる作業となりそうだ。まあ、これでオレの仕事がしっかり記録として残るわけだし頑張らねばな。改定作業に時間がかかりそうだが絶対12月中には終わらせてやる。
 もう1つはスペイン語の報告書だ。こっちはそのドキュメントが終わるまで手をつけないと自分で決めている。なんとか気合で終わらせて早くこっちもスタートさせたい。何しろこっちのdeadlineは月曜日と定めた。やっぱ圧力かけないとオレやらないからね。
posted by mi corazon como el pacifico at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

207

11月の訪問者でした。30人ほど減ってしまったけど更新が少なかっただけにしょーがない。来月はもっと頑張ってみせます♪
posted by mi corazon como el pacifico at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日日曜日〜30日水曜日

 2005年11月27日日曜日
  収穫ありました
 午前中は村落開発に関する会議があった。オレもコミュニティー支援をしていたため、やはりこういったことには非常に興味がある。村落の問題や手法などは理論と現実が本当にかけ離れていて未だ発展途上の分野である。だからこそ1人で悩まず考えずこうやってみんなで相談するのが一番だろう。同じ失敗をしてもしょーがねーしな。職員も専門家いっしょになって考えれば何かいいものが形作れるはず。
 有意義な会議の後はもう1つ重要なミーティングをとあるグアテマラ人と行った。こっちは来年の農牧省に発表する資料として使わせてもらう。非常に重要なデータである。こいつを使えば少しは自分のやってることの重要性を示すことができるはずだ。それにしても腹が減らん。食欲がない。あんなに美味しいパスタを出されたにもかかわらず半分しか食べられなかった…くそう。

 2005年11月28日月曜日
  帰宅
 事務所によって帰国の手順等の話をした。いよいよ「日本に帰るんだ!」という気持ちが強まり、身が引き締まる思いがした。1つはグアテマラでの任務をしっかり終えてから帰るという新たな決意。もう1つは日本に帰ってからの挑戦とその恐れ。両方の気持ちが入り混じってなんともいえないような高揚感というか緊張感に俺の心の中が包まれてしまった。
 ランチは上司と約束をしていたのだが国立農業学校に行ったまま帰ってこない。恐らく忙しいのだろう。オレは彼を信用しているので別に今回いっしょに食事が出来なくても問題はなかった。しかし2人で考えていた悪巧みができんかったのはちょっと残念だ。まあすぐ次の機会があるので心配ないだろう。
 帰国まで3ヶ月かもしれんし4ヶ月かもしれない。微妙な感じになってきた。どちらにせよ3ヶ月というつもりで頑張ったほうが自分のためにもいいだろう。手続きのことを考えても早めにすべてを進めておかないと後で面倒くさいことになるだろうし。それにしても忙しくなってきた…。

 2005年11月29日火曜日
  2度目の正直は…
 友人を送り出した後2度目のマサテナンゴへ向かう。ここはこの前のミッションでさっぱり用意が出来てなくて怒ったところだ。その後しっかり話し合いをしたので今回は予定通りに進むことを期待して。。。が、往路ではハリケーンで壊れた道路と橋がまだ修復しておらず2時間も多くかかってしまった。けっこう利益のある道路だと思うのだがなぜ直さないのだろう???やっぱグアテマラはわからん。
 そんなわけで遅めに着いたのだが大学のほうは変わっていなかった。今日が学期の最後ということで人は少なかったように思う。しかしそれはわかっていたことなので問題なし。だが俺達の計画のほうはやはり問題が生じていた。
 200人来るといったお客も結局20人。学生と教授陣の連携も取れておらず正直前回とあまり変わらない。こいつがしっかりと進まないのならば大学というところの限界はこの辺なのだろう。なんとも先が思いやられるような具体的な例を見せ付けられた。オレの前で学生と教授陣が口げんかを始めてしまった。オレは正直なところもう少し教授陣にモチベーションがあってもいいように思う。まるで自分達が学ぶ気が一切ないみたいだ。
 とりあえず一応明日の予定を決めて今日は寝ることにした。あー、どうなるかな…ハードな一日になりそうです。

 2005年11月30日水曜日
  2日目の憂鬱
 始まった講習会には周辺の市役所や町役場から団体さんが来ていた。こういった人が集まってくるのはいいことだ。もちろん人数は200人ではなかったが学生や教授陣がしっかり動いてやらねばならないという楔にはなる。
 正直いろいろな問題はあったが無事終わることができた。しかし感じたのはやはり全体的なモチベーションの低さだ。本当に彼らはオレと仕事をしたいのだろうか?それがイマイチわからない。その感触がつかめない。恐らくここに新しいボランティアを送るのは止めるべきだろう。まだ早い。そしてその資格はないように思う。最後まで観察してから決める予定だが…。オレはこの国においては、個人的に大学の可能性に期待をしているんだが…。
posted by mi corazon como el pacifico at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

遅くなりました

しばらく出張で更新できませんでしたがこれから追いつきますよ〜。えっさ、エッサ♪
posted by mi corazon como el pacifico at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日木曜日〜26日土曜日(首都での別れと運動会)

 2005年11月24日木曜日
  7回目のお見送り
 ナゼか気が合ったマリと最後の日。4時間半のバスのうち半分はいろいろ話して半分はお休みしていた。前夜書類のやっつけ仕事のおかげで睡眠不足になっていたからだ。途中渋滞があったりもしたがまあ時間通りに首都に着くことができた。オレのしなければならないことは彼女を無事に空港に送り届けること。実はこれって7回目のこと。オカゲサマで空港には本当に詳しい人間になってしまった。もちろんグアテマラの空港が小さいという理由もあるのですが…(笑)。
 ホテルをチェックインした後はEチケットの確認をするため空港へ行った。セキュリティータックスの払い場所等を教えて次の日迷わないようにすべて教えた。これで恐らく大丈夫だろう。帰ってメシ食ったらいよいよお別れ。ベリーズで彼氏と楽しんでくれい♪余談だが恐らくホテルマンはオレが彼女の彼氏だと勘違いしていただろう。「次アンタらはどこで会うんだ?」なんて聞いてきていた。「さあ、しばらく会わないんじゃない?2、3年くらいは」ってわかるように答えてやったんだが結局気づいてくれなかったようだ(笑)。
 お別れした後はJICA事務所に行ってちょっと小用を。ナショナルスタッフと近況報告と情報交換をしていた。特にハリケーンが話題の中心だったけど。

 2005年11月25日金曜日
  グアテマラの霞ヶ浦、アマティトラン湖
 こんなこと言ったら茨城人の殺されてしまうか?グアテマラで有名な湖といえばアティトランとアマティトラン。名前は似ているが前者は世界一キレイといわれる絶景の湖。後者は本当に汚い湖。しかし今日見に行くのはその汚い湖を絶景に変えるために日々頑張っているといわれているAMSAというアマティトラン周辺にある政府の環境保護団体だ。恐ろしいことに環境省を全部合わせた費用よりも高い額のお金を投資している。にわかに信じがたい話だがそうらしい。
 まず初めにパワーポイントを使ってこの組織の説明をされた。やっていることは素晴らしい。プラスチックやガラスはリサイクル。生ゴミは堆肥にしたりバイオガスを取ってみたり。その一方で環境教育も行っていて学校回り等もしているらしい。ビジョンを語る声もなんだか気合が入っているように見えた。
 しかしその後施設に行ってみるとちょっと期待外れ。作っている堆肥はビニールなどがたくさん混じっていて実用には程遠い感じ。バイオガスはプラントを見せてもらうことすらできなかった。やっぱり言ってることと、やってることは一致しないのがグアテマラ。まあ今まで見た施設の中ではやる気を感じることができたのはちょっと違う部分だったかもしれないが。
 その後は本当のアマティトラン湖に行った。ボートで彼らが湖に対して行っているプロジェクトの詳細を説明してもらったが5列目に座ってしまったオレはモーターの騒音で彼の声を全く聞くことができなかった。おかげでただの遊覧船という状態だったが湖は常に汚れていて何も見えない。この湖だけは泳ぎたくないっすね、絶対。

 2005年11月26日土曜日
  日本人会の運動会
 この時期に運動会とはどういうことなのか?と思う人もいるかもしれんがグアテマラでは乾季の始まりなので絶好の運動日和なのだ。そして1年に1回グアテマラの日本人が勢ぞろいする年でもある。大使館、JICA、商社、コーヒービジネスなど多種多様の日本人がざっと150人ほど集まる。本当は日本人学校の運動会なのだがあまりにも人数が少なすぎるため全員参加、在日本人総動員の会といった感じである。
 オレはこの日を目指して高地トレーニングをしてきた(住んでるところが標高2500mだから)のだが、実はここ1週間ぐらいずっと体調が悪く下痢やムカつきが止まらなかったため全部の競技には参加できなかった。我慢してきたのだが今日は本当に限界だった。もちろん勝負ごとは負けれらないオレは出た競技に関して死力を尽くして頑張ったのだがその後が最悪だった。昼ごはんはくじ引きで大使公邸料理人のメシにありつけたというのにちっともおいしく感じなかった。こんなご飯に2度とありつけないかもしれんのに…ホントについてない。
 夜上司と面白い話をした。「今の仕事と昔の通信会社での役員仕事を比べてどうですか?」と彼に聞くと面白い話しが帰ってきた。「今の会社ではプレッシャーを感じることがない」「なぜ感じないか?それは利益を上げる必要がないからだ」なんと単純明快な理由だろうか?彼の働いていた某通信王手は営業成績順に週1回の会議の席が決まっていたそうだ。それだけの圧力に耐えてきた彼にこの仕事はチョロいものなのだろう。
posted by mi corazon como el pacifico at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日

眠い!!!

けど今日はやったるぜー。
いろいろあるのですが1つ1つ片付けていくことにします。

それでは出張行ってきます♪ 1週間ほど更新不可能となりますがよろしくです。
posted by mi corazon como el pacifico at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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